【1月24日 東方新報】北京市の中心部から離れた海淀区(Haidian)の路地裏。全く目立たない場所に、午前中しか光が入らない「人文考古書店」という名の本屋がある。1日に訪れる客は2、3人。一人も来ない日もある。それでも年間の売り上げは500万元(約8975万円)を超える。古代中国に関する書籍だけを置いている中国で唯一といわれる書店だ。

 わずか120平方メートルの店内には100以上の本棚がある。本棚はそれぞれ高さ3メートルと天井に届くほどで、本棚の間隔は1人が歩くほどのスペースしかない。書籍は1万冊を数え、さらに3つの倉庫に5万冊がある。陶磁器、宝玉、彫像、青銅器、壁画、翡翠(ひすい)、漆、貨幣、碑文、王墓、書画…。古代中国に関する歴史書や研究書がずらりと並ぶ。

 米ミネアポリス美術館(Minneapolis Institute of Art)のアジア担当学芸員、翡翠の研究で知られる香港中文大学(Chinese University of Hong Kong)の教授、中国文化を象徴する故宮博物院(The Palace Museum)の研究者など、国内外の権威が店を訪れては「キロ単位」で本を買っていく。日本やドイツ、オーストラリアの研究者も店を愛用している。米プリンストン大学(Princeton University)の研究者カイル・スタインカ(Kyle Steinke)氏は1年で3回店を訪れ、中国最古の夏・商王朝の青銅器と甲骨文字に関する研究書を購入。総額は5万元(約90万円)に上る。

 店主は、首都師範大学(Capital Normal University)の大学院で歴史・文学を修了した34歳の洪霞(Hong Xia)さん。中国の大学研究者がこの店を開いた10年前から出入りし、経営が行き詰まるのを手伝ううちに4年前から店主となった。「ここにある本はたいてい、『10年以内に売れたらいい』ぐらいの感覚で集めています」と洪さんは話す。客がいない時も、膨大な書籍の目録作り、ネットの対応など仕事は多い。

 年間500万元の売り上げに対し、新たな本を毎年300万元(約5385万円)仕入れる。家賃は年間25万元(約449万円)。年収は20万元(約360万円)あり、一緒に働く店員の月給は約1万元(約18万円)。有名書店のベテラン店員ほどの給与はある。「ぜいたくはできないけど、食べていけるだけのお金は入りますよ」と洪さん。

 常連客は店を訪れるたびに「まだやっているんだ。助かった」と笑みを浮かべ、「絶版になった本が見つかった。この店以外では見つからないよ!」と喜びの声を上げる。中国版ツイッター「微博(ウェイボー、Weibo)」で書店のフォロワーは20万人もいる。

 研究書の単価は高いため、手が出せない若い学生もいる。「論文に必要なんですが、1000元(約1万7950円)の本はとても買えません」。ある日、地方の学生から相談を受けた洪さんは、わざわざ50ページ分をスマホで撮影し、送信してあげた。「少しでもお金を払います」と言う学生に、洪さんは「しっかり勉強してくれれば、それでいい」とだけ答えた。

 ネットの普及に加えコロナ禍が重なり、中国の書店は次々と姿を消している。生き残りを図る書店はカフェを併設し、読書会やミニコンサートを開くなど工夫を凝らしている。「人文考古書店」の経営を心配する常連客からは「カフェを開いたらどうか」と持ち掛けられる。しかし洪さんは意に介さない。「おいしいコーヒーを飲みたければ、専門のカフェに行けばいい。私は『本だけを売る本屋』を続けたい」。

「人文考古書店」の顧客はネットでの注文が主流となっており、「店を構えずネット専門店にした方が、経営が安定するのでは」という助言も受ける。それでも洪さんは「1日数人でも、来てくれる客がいるから」と答える。

「まさかこの本が手に入るなんて」と喜ぶ客の笑顔が、洪さんの喜びだ。「人文考古書店」は今日も、来るか来ないか分からない客を待ち続ける。(c)東方新報/AFPBB News