【11月29日 AFP】菅義偉(Yoshihide Suga)首相の就任以降、政府の「脱はんこ」方針が日本を揺るがしている。

 最先端のIT大国と見なされることも多い日本。そのイメージとは裏腹に、はんこを押すことは日本人の生活に欠かせない習慣だ。配達物の受領票から婚姻届に至るまで、あらゆる書類に用いられてきた。企業や役所でも、多くの承認プロセスがいまだ紙の書類に手ではんこを押すスタイルに頼っている。

 そのはんこのデメリットがコロナ禍で改めて浮き彫りになった。在宅勤務を推奨されても、書類にはんこを押すために出社を余儀なくされた人が多かったからだ。

 菅首相は行政のデジタル化を推進中だが、脱はんこに関して状況は想像以上に複雑なようだ。

 1級印章彫刻技能士の牧野敬宏(Takahiro Makino)氏(44)は、細い筆をとると印材1本ずつに個人や企業の名前を慎重に書き入れる。文字を彫る作業はさらに繊細で緻密だ。印章にはそれぞれの職人ならではの特徴が表れるという。

 東京の店舗兼工房でAFPの取材に応じた牧野氏は、政府の取り組みについてそれほど心配はしていないという口調でこう語った。

「時代の流れで、要らないものは要らない。必要だったり残していった方がいいものは、残っていくんじゃないか」

 はんこの種類は多く、プラスチックの「認印」から「実印」として用いられる木製の手彫りのものまでさまざま。日常の署名代わりに使用されるのは小型で安価な大量生産品で、これが日々の事務作業において大きなウエートを占めている。菅首相と河野太郎(Taro Kono)行政改革担当相が一掃しようとしているのが、この慣行だ。

 河野氏は同相に任命後行った記者会見で「正当な理由がない行政手続きについては、『はんこをやめろ』ということを押し通そうと思う」と述べた。

 街で話をきくと、急速なデジタル化に戸惑う現場が見え隠れする。編集者のわたやさゆり(Sayuri Wataya)氏(55)は「初めて請求書をデジタルで送ってもいいということになったとき、はんこをスキャンしてそれを貼り付けるやり方が書いてあった」と笑った。