欧州移民危機から5年、節目となった五つの出来事
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■「再配分」計画に基づく初の移送
2015年10月9日、イタリアの首都ローマでカメラのフラッシュが無数に光る中、20人ほどのエリトリア人がほほ笑みながら航空機に乗り込んだ。リビア沖で救出されてイタリアに滞在していたこれらの人々は、スウェーデンに飛び立った。
この移送は2015年9月、ギリシャとイタリアの負担軽減のため、難儀の末決定された「再配分」計画の下、初めて実行されたものだった。欧州諸国が2年間で約16万人の亡命希望者を再分配する計画で、分担はおおむね割当制度に基づいて決められた。
だが、計画はなかなか進まなかった。義務であるにもかかわらず、二の足を踏む国もあれば、ポーランドやハンガリーなどのように実施を拒む国もあった。
最終的に約3万5000人が再配分された。欧州の結束を具現化するはずだった計画は、分断の象徴となった。
■閉ざされた扉
2016年の春が近づくと、状況は急激に変化した。2015年の夏から移民の通り道となっていた「バルカンルート」沿いの、マケドニアからオーストリアにかけての国境が封鎖されたのだ。
EUとトルコは2016年3月18日、ギリシャに到着した全移民をトルコに一斉送還するという、論争の的となる取り決めを締結した。
その結果、欧州に到着する移民の数は激減したが、何万人もの移民がギリシャで足止めされ、人道危機の懸念が高まった。そして、欧州の移民危機は依然、解決からは程遠いままだ。(c)AFP