■くちばしの形をした中世のマスク

 一方で人々は、病原菌という概念が生まれるずっと前から何百年も病気を遠ざけるために顔を覆ってきた。

 中世の腺ペスト流行時、欧州の医師の何人かは腐った物質や悪臭によって空気が汚染されているのだと考え、「ミアズマ(瘴気、しょうき)」から身を守るためにくちばしのような形をしたマスクを着用した。

 エール大学の歴史家フランク・スノーデン(Frank Snowden)氏は、著書「Epidemics and Society: From the Black Death to the Present(伝染病と社会:黒死病から現在まで)」の中でこう述べている。「大きなつばの付いた帽子は頭を守るため、鼻から突き出したくちばしのようなマスクは致命的なミアズマの臭いから身を守る薬草を入れるために利用される場合もあった」

 フランスのルイ・パスツール(Louis Pasteur)、ドイツのロベルト・コッホ(Robert Koch)らが発展させた細菌学が感染症の理解に革命を起こし始めたのは、19世紀後半になってからのことだ。

 清国は外部からもたらされる科学的進歩を否定していたが、満州のペストがその方針を変え、「中国は近代医学を支持するようになった」とリンテリス氏は言う。2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)流行時には香港などでマスクが日用品となった。

 一方、マスクは何千万人もが死亡した1918年のインフルエンザのパンデミック(世界的な流行)時に米国でも広く使用されたが、リンテリス氏によると、このときの危機に対する欧米社会の「記憶は非常に薄い」という。「今回マスクは改めて、全く新しい経験として欧州や北米、南米に導入されている」 (c)AFP/Kelly MACNAMARA