【5月27日 AFP】1948年、旧ソ連が西ベルリンを封鎖した際、米国の爆撃機は小さな簡易パラシュートに菓子を詰めて投下するようになった。だが、これに対して抗議の手紙を送ったドイツ人の少女がいた。

 その少女とは、現在78歳となったメルセデス・ビルト(Mercedes Wild)さん。輸送機が絶えずブーンという音をたてて通過するため、飼っているニワトリがおびえてしまうと不満を訴えた。卵は当時、貴重な栄養源だった。

 すると彼女に返信が届いた。差出人は、ゲイル・ハルボーセン(Gail Halvorsen)という名の米軍パイロット。彼はキャンディーを投下する計画を思い付いた本人で、手紙にはチューインガムと棒付きキャンディーが同封されていた。

 ビルトさんは、ハルボーセンさんのそうした対応が以降、長年にわたる家族ぐるみの友情を育んだと話す。それは、第2次世界大戦(World War II)後のドイツと米国の関係をそのまま映し出していた。

「私が感動したのは、お菓子ではありません。手紙です」「当時、(ドイツの)多くの子どもたちと同じように、私には父親がいませんでした。だから、ベルリンの外にいる誰かが私のことを思ってくれていると知って、希望が湧きました」と、ビルトさんは話す。

 一方、現在98歳となったハルボーセンさんは、封鎖された西ベルリンに生活物資を届けるために実施された大規模な物流作戦「ベルリン空輸(Berlin Airlift)」(1948~49年)において、真の英雄は地上にいたベルリン市民だったと強調する。