【14億分の1:中国事件簿】「殺魚弟」の真実の人生(下) 少年の成長と心のゆらぎ
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13年には、凡森さんは左目にけがをして、眉のところが腫れて血が流れた。メディアは、近隣住民の話として「父親が殴った」と報道した。
だが、母親は否定する。実際には、正月に爆竹を鳴らした時に負ったけがだという。
長男が自殺を図ってから、父親は反省している。父親は地元では有名な短気な男だが、ねちねちと後を引くことはなく、すぐに忘れてしまう。一方、息子の凡森さんは内向的な性格。言葉は少ないが、父親の短気な性格は引き継いだようだ。けんかの時は、互いに譲らず、家の外まで聞こえるという。
市場での仕事は、凡森さんにとって徐々に負担になっていった一方、家族は彼の心の揺らぎを察することはできなかった。
凡森さんは、病院での危険な段階を乗り越えた。父親は、幾度となく息子に問いかけた。どうして毒なんか飲もうと考えたのか、と。
「家の中では少なくとも毎日2~3回、けんかが起こる。とても耐えられない」と息子。「1か月前に近くの店で8元(約130円)で農薬を買い、店の中に隠しておいた」
病院のベッドで緑の患者服を着て横になっていた孟さんは8日、突然、母親に向かって言った。
「早く家に帰って魚をさばきたい、ここで寝ていてもやることが無くてつまらない」(c)東方新報/AFPBB News
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