■「遺体からライフル奪えばいい」

 取材中、ぜんそくの薬が入っている吸入器を何度か使いながら、チェさんは朝鮮半島で最後に勃発した全面戦争での恐ろしい体験を振り返った。チェさんの頭を今も離れない記憶の多くは、第一等勲章につながる攻撃を行ったあの夜のことだという。

 1953年6月30日。チェさんの部隊は、938高地を中国人の義勇軍から奪還するよう命じられた。所属していた大隊の人数は500人からわずか30人にまで減っていた。

「司令官にたばこを手渡され『前進あるのみ。退却するな』と言われた。仲間が機関銃1丁を設置し、退却するそぶりを見せれば撃つぞと脅された」

 チェさんらは、少しでも身軽になるためにヘルメットを脱ぐよう指示され、手りゅう弾だけを渡されたという。指揮官らに、ライフル銃が必要になれば、丘の中腹に無数に散らばっている遺体からいつでも奪えばいいと告げられ、チェさんらは闇と煙幕に紛れながら、敵陣に向かって少しずつ前進した。

「敵側の機銃陣地によじ登っては手りゅう弾を次々投げ込み、最後の2発で三つ目の機銃陣地の砲撃を沈黙させた」

 敵側の陣地が静まり、援軍の突撃で、1時間に及ぶ戦闘には決着がついた。チェさんはどうにか無傷で危地を脱した。だが、もともと30人いた部隊は一晩でわずか5人になっていた。

 1か月後、休戦協定が締結されたが、厳密には朝鮮半島の2国ははまだ戦争状態にある。

■「どれだけ続くのか」

 トランプ氏が金委員長との会談に意欲を見せたことについては喜ばしいと話すチェさん。しかし、それと同時に、対北朝鮮政策でタカ派のジョン・ボルトン(John Bolton)大統領補佐官(国家安全保障担当)のような米政権内の好戦的な人物に対しては懸念を抱いており、「あのひげの男が無謀で不要な発言をして(首脳会談の開催)を台無しにしかけた」と息巻いた。

 チェさんは朝鮮半島に平和が訪れることを望んではいるが、 その希望は薄らいでいる。 地政学上の難問となっている朝鮮半島問題を数十年も目の当たりにしてきたことで、シニカルで現実的な考えが身に付いてしまっているからだ。

 先月、チェさんは多くの人々と同じように、韓国の文在寅(ムン・ジェイン、Moon Jae-in)大統領が、北朝鮮と韓国の間にある非武装地帯(DMZ)の中心で、金委員長と会う光景を見守った。2人は握手し、金委員長の招きで文大統領が短時間だが北朝鮮側に足を踏み入れた。

「これは良いことだと思った」とチェさんは話す。しかし次の瞬間に頭をよぎったのは「今回はどれだけ続くのだろう」との考えだったという。(c)AFP/Park Chan-kyong