【5月23日 AFPBB News】4月に入学式を終え、大きなランドセルに黄色い交通安全カバーをつけた新1年生の登校風景がまだ新鮮に映る時期だが、来年に向けた商戦はすでに熱を帯びている。

 選択肢が黒と赤だけだったひと昔前と異なり、カラフルなランドセルがそろい、「ラン活(ランドセル購入活動)」という言葉まで生まれた。人気をけん引する自社ブランド工場を持つ「工房系ランドセル」の業者が集まる東京都足立区を訪ねた。

■平日なのに、開店前から工房前に行列

 ゴールデンウィークの谷間の平日、2日午前9時50分。中村鞄製作所(Randsel Nakamura Kaban)の店の前には、十数組の家族連れが午前10時の開店を待っていた。ドアが開くと、一目散に店内に入って目あてのランドセルを手に取ると、子どもに背負わせ携帯電話で撮影し、似合う色を探す。4月18日に注文受け付けを開始して以来、平日にもかかわらず、家族連れの客が引きもきらない。

 同じ鉄道沿線で2駅隔てた土屋鞄製造所(Tsuchiya Kaban)でも、同様の状況が続く。ここでは、子どもたちが幼稚園から帰ってくる午後3時頃がピーク。ショールーム隣の工房の様子を自由に見学できることから、職人たちが休みの週末ではなく、あえて平日を選ぶ客も多いのだという。

 新小学1年生の数は、1970年代からほぼ半減し、近年は年間100万人強で横ばいが続く。メーカーが直接販売に携わるようになってから消費者との距離が縮まったというが、人気の背景にはむしろ、「ママ友」同士の情報交換など、SNSの普及やメディアへの露出があるようだ。

 色や素材、デザインなどバリエーションが増えた一方、人気商品は早くに売り切れることから、検討する時期が早まっている。また、住環境の変化で、就学前に学習机の購入を見送る家庭が増えたことも、ランドセルへ家族の関心が集中している一因のようだ。

 土屋鞄の広報、三角茜(Akane Misumi)さんによると、「もともと製造数に限りがあるので、大手と競っているわけではない」としながらも、「他社製品も含め、家族で選ぶ時間を楽しんでほしい」として、昨年より注文受け付けを2か月前倒しした。

東京都足立区の「中村鞄製作所」を訪れた家族連れ(2018年5月10日撮影)。(c)AFPBB News/Yoko Akiyoshi

■「他社工房はライバルであり仲間」

 工房を公開している企業も多く、消費者との距離を縮める役割を果たしている。「キッズアミ」のランドセルブランドで知られるナース鞄工(NAAS Bags & Luggage)では、区内の小学校からの社会科見学を毎年受け入れている。今年もすでに、10校の枠に30校から応募があった。約30年にわたって実施している取り組みで、訪れた児童数はのべ2万人超。

 約200もの部品や工程を要するランドセルの特殊な構造や、6年間の体の成長に合わせた設計に、児童たち自身も毎日使っているランドセルについて再発見する。同社に寄せられる児童たちからのお礼の手紙やイラスト付きの手紙は、職人たちにとっても大きな励みになっている。

「うちに来るお客様は、他社も見学している。他社工房はライバルであり、仲間ですよ」と同社の曽根宏明(Hiroaki Sone)取締役が話すように、足立区には複数の人気工房が軒を連ねている。

 全国36社が加盟するランドセル工業会のうち、5社が足立区内。犯罪件数や貧困率で話題に上ることが多かったという同区だが、「ランドセルを通じて地域の良さが発信されている」と区の担当者もイメージアップに期待を寄せる。

「ナース鞄工」に寄せられた児童からの手紙(2018年5月1日撮影)。(c)AFPBB News/Yoko Akiyoshi

■若手職人も成長

 職人の高齢化が危惧された時期もあったが、積極的に若手を採用したことで、次世代を担う職人が育ちつつある。1935年創業の大峡製鞄(OHBA CORPORATION)には、かばん店に生まれ育ち、なめし工場で修行したベテランから、海外の大学でビジネスを学んだ若手まで豊富な人材がそろう。

 中村鞄製作所創業者の孫にあたる中村弘輝(Hiroki Nakamura)さん(30)も、若手職人の一人。社長である父、弟らとエプロンを締めかばん作りに励む。跡を継ぐことを意識していたわけではないが、「子ども心に、自分の家がランドセル屋さんというのはうれしかった」と話す。

 高校時代から家業を手伝ううちに、「もっと若い力が必要だ」と痛感、大学卒業後に入社した。その傍らで、おじに当たる中村徳光(Tokumitsu Nakamura)専務は、「固定観念は敵。『伝統』という言葉を、変えないことへの逃げに使ってはいけない」と発破をかける。

 ランドセルは、単なる小学生の必需品ではない。「子の成長を喜ぶお祝いの花形」(中村鞄製作所の中村徳光専務)、「自分で整理整頓を覚え、自我の独立の第一歩」(大峡製鞄の大峡宏造専務)。職人たちの手仕事に、子どもの成長を願う親の気持ちが重なる。(c)AFPBB News

「大峡製鞄」で、馬の尻革部分「コードバン」を点検する職人(2018年5月9日撮影)。(c)AFPBB News/Yoko Akiyoshi