■「サバイバルのためのうそ」

『ラブ、サイモン』の主人公は、心の広い友人や家族を持ちつつも、自分がゲイであることを知ったら態度が変わってしまうことを恐れ、カミングアウトを先延ばしにする。

 サイモンの葛藤は、ハーモニー・サンチェス(Harmony Sanchez)さん(17)がバイセクシュアル(両性愛者)だとカミングアウトした時の経験と重なる。オーキッドさんと違い、母親はあまり宗教熱心ではなく、同性愛を嫌うそぶりもまったく示さなかったが、それでもカミングアウトは容易ではなく、「なぜもっと早く言ってくれなかったのか。なぜ話したくなかったのか」と問われた。

 米ロサンゼルス統一学区(LAUSD)人間関係・多様性・平等部門のジュディ・チアソン(Judy Chiasson)氏によると、人々がカミングアウトを思いとどまるのは、今も昔も家族が主な理由だ。「人はカミングアウトすることで大抵の場合、自分の家族の中で新たなマイノリティー(少数派)となる」

 性的少数者(LGBTQ)の若者の自殺防止活動を行う米NGO「トレバー・プロジェクト(Trevor Project)」のアダム・ハント(Adam Hunt)氏は、家族からの拒絶は悲劇的結果につながりかねないと警告する。同氏はAFPに対し、「家族から激しく拒絶されたLGB(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル)の若者は、家族の拒絶度が低いかまったくなかったと回答したLGBの若者に比べ、自殺を図る確率が8.4倍になる」と語った。

 ハーモニーさんの母親は娘の性的指向を受け入れたが、祖父母はそうはいかなかった。今ハーモニーさんが一番恐れていたのは、これが祖父母の耳に届くことだった。現在、祖母はまだ理解に苦しんでいる段階であり、祖父にいたってはその話題は完全に禁句となっている。

 エイドリアンさん(仮名、15)もまた、母親に自分はバイセクシュアルであると伝えたいと思っているが、父親の反応を恐れカミングアウトできずにいる。「外泊ができなくなってしまう。私が女の子たちと関わるのを(父親が)監視しなければいけなくなる。男の子の時にはしていることを、今度は女の子に対しても……。楽しいことが全部できなくなって子ども時代が台無しになるなら、カミングアウトする意味がない」

 結局、エイドリアンさんはすべてを否定して、自分は異性愛者だと言い張った。サバイバルのためのうそだ、と彼女は語った。