【3月27日 AFP】米国とメキシコで、両国国境沿いに壁を建設するというドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領の計画をめぐり激論が交わされる中、AFP写真班はこの問題をより詳しく取材しようと考えた。まずこの国境はどのような様子なのか? そこに住み働く人々の思いは?

 そこで同班は10日間かけて、この国境沿いの約2800キロを車で走った。米首都ワシントン(Washington D.C.)支局のジム・ワトソン(Jim Watson)カメラマンは米国側を、カリフォルニア(California)州からテキサス(Texas)州まで。メキシコ・ティフアナ(Tijuana)支局のギエルモ・アリアス(Guillermo Arias)カメラマンはメキシコ側を、バハカリフォルニア(Baja California)州からタマウリパス(Tamaulipas)州まで走った。アリアス・カメラマンには、メキシコ首都メキシコ市(Mexico City)支局のユリ・コルテス(Yuri Cortez)カメラマンが途中から加わった。

 メキシコ側には麻薬カルテル絡みの怖さがあった一方で、米国側は不気味に静かだった。果てしない砂漠と農場が地平線まで続いていた。移民の形跡はあるが、赤ん坊を抱えた1人の女性以外、誰の姿も見えなかった。

 写真班は、メキシコの安価な医療と薬を求めて国境を越える米国人らと、米国の農場で働くために国境を越えるメキシコ人らに会った。10代の若者らが川沿いで音楽のレコーディングをしていた。国境の向こう側に家族がとどまっているからと付近に在住していた人々が、米国外へ退去させられていた。犬を連れて幹線道路沿いを歩いていた男性は、東海岸に着くまで歩き続けるつもりだと話していた。

 提案されている壁については、国境の両側で強い不安が広がっているのを目にした。そして途切れ途切れではあるものの、国境の大部分に威圧的なフェンスや柵が延びていた。

<パート1>米国側:人影もまばら、不気味なデッドゾーン

 私は米メキシコ国境についてこれまでに読み聞きしたあらゆることから、移民が十数人単位でひっきりなしに行き来する穴だらけの国境地帯を想像していた。人々が走って国境を越える姿を、連日目にするのだと思っていた。ところが10日間滞在したのに、一人も見なかった。

米アリゾナ州ノガレスの国境柵。(c)AFP/Jim Watson

 実のところ、ほぼ誰にも会わなかった。(台車を引きながら犬と一緒にテキサスからカリフォルニアまで歩いて戻ると決めていた男性以外には、ということになるが。彼については後述する)

 国境の米国側について印象に残ったことの一つは、不気味なまでの静けさだ。まるでデッドゾーンだった。私はギエルモとユリに、そちらには例の美しい景色もあれば人もいるんだろうと、不満を漏らし続けた。米側は本物のデッドゾーンで、人っ子一人いなかった。10日の撮影期間中、私は決まって国境警備隊に呼び止められ、何をしているんだと聞かれた。だから用もないのにそこにいれば、すぐに止められる可能性が高い。

 この旅を始めた直後、カリフォルニア州サンディエゴ(San Diego)郊外にあるボーダーフィールド州立公園(Border Field State Park)のビーチで見た光景を覚えている。メキシコ側には20~25人いたが、こちら側には誰もいなかった。誰とも話さない日も数日あった。結果的には、かなり孤独な取材になった。

メキシコ・ティフアナ郊外の国境。(c)AFP/Mario Vazquez

 私がこの取材を思い付いたのは、両国間の国境がどんな様子かはっきり認識していなかったからだ。米国人のほとんどがそうだ。国境柵が既にどれくらいあるのかも知らなかった。国境の大半の場所にフェンスが広がっており、目を見張る規模だ。皆そこには何もないような口ぶりだが、国境の相当の部分は封鎖されている。人口密集地の周辺は特にそうだ。

 企画のアイデアがひらめいた時、私が考えていたのは国境沿いの米国側を走ってみることだった。上司はさらに良いアイデアを出してくれた。メキシコ側の同僚にも同じことをしてもらおうというのだ。

 今回の取材は米国人である私にとって、時に難しくもあった。自国に適切な国境管理を求めたい。その一方で、繁栄とより良い人生のチャンスはすべての人に与えられてしかるべきだと思う。

 アメリカンドリームという概念は、この国の基礎に織り込まれており、われわれはそれと共に成長する。プリマス・ロック(Plymouth Rock)を踏んだピルグリム・ファーザーズや西部開拓者、エリス島(Ellis Island)に押し寄せた移民、月並みか恵まれない境遇から成功の高みに達した人々まで(ビル・ゲイツ(Bill Gates)氏、マーク・ザッカーバーグ(Mark Zuckerberg)氏、ビル・クリントン(Bill Clinton)元大統領、バラク・オバマ(Barack Obama)前大統領を思い出してほしい)、誰にだって夢をかなえる機会は与えられるべきなのだ。

 旅の途中で、人々に越境を促す絶望の一端を垣間見た。3日目、アリゾナ(Arizona)州境に程近いカリフォルニア州のインペリアル砂丘(Imperial Dunes)に着いた直後のことだ。道路から国境フェンスまで約1.5キロ、そこでは建設作業員らが工事をしていた。良い写真が撮れるだろうと思い、そこまで歩いた。

米カリフォルニア州インペリアル砂丘(2017年2月撮影)。(c)AFP/Jim Watson

 歩きながら重機のわだちから外れないようにしたが、それでも砂に足を取られた。何枚か撮って、レンタカーまで歩いて戻った。帰りはもっとひどかった──一歩進むごとに足が砂の中に15センチほど沈んだ。汗びっしょりで、しかも水は車中に置いてきてしまった。

 はっとしたのはその時だ──移民はこういう感覚ではないかと私は思った。私が手にしていたのはカメラ2台だけだったが、彼らの多くは子どもたちや荷物を抱えているはずだ。私は3キロほど歩いただけだが、彼らは容赦ない砂漠をもっと長い距離歩き切らなければならない。私はレンタカー内に水のボトルがあるのを知っていたが、彼らは次に水をどこで得られるかも分からない。

 誰が好き好んでこんなことをするだろうかと、私は思った。気が触れているか、どうしようもなく必死かのどちらかだ。こんなことを何の気なしにやる人はいない、絶対に正当な理由があり、何らかの対価があるはずだ。私も彼らの身になって1.5キロ歩いたと言っても過言ではない。と思いたい…

 国境周辺の環境は本当に過酷であり、この点もまた越境を試みる人々の絶望度を理解する一助になる。大部分が砂漠で、時にはあまりに果てしないがゆえに、のみ込まれそうな気さえする。

米アリゾナ州オルガンパイプ・カクタス国立記念物区域(2017年2月撮影)。(c)AFP/Jim Watson

 ある地点で、国境警備隊が「移民のオアシス」と呼ぶものに出くわした。水とろうそくがあり、砂漠を横切る際に水も何も持っていない人々を助けるという。

米テキサス州イーグルパス郊外の国境付近の未舗装路に置かれた水だる(2017年2月撮影)。(c)AFP/Jim Watson

 もう一つ私の心を打ったのは、移住労働者らだ。私はアリゾナ州サンルイス(San Luis)でバスを降りた何人かに話を聞いた。ある男性は、毎日午前2時に起床して国境を越え、仕事場行きのバスに乗るために午前4時までには列に並ぶのだと語った。彼は主にレタス農場で、1日10時間、時給10ドル(約1150円)で働く。午後5時ごろに駐車場に戻り、入国地点まで1キロ弱歩いて、メキシコの自宅に着くのは午後8~9時前後。彼はこれを毎日繰り返している。こんな人生想像できるだろうか? ただただ信じられない。

 帰宅後よくよく調べてみると、米国の農業労働者の並外れた割合が移民だと判明した。45%に達するという統計も見つかった。

米アリゾナ州サンルイスの国境検問所に戻って来る移住労働者ら(2017年2月撮影)。(c)AFP/Jim Watson

米アリゾナ州ユマのレタス農場での仕事を終えた移住労働者ら(2017年2月撮影)。(c)AFP/Jim Watson

 発見したものの中には、ひたすら奇妙に思えるものもあった。例えばアリゾナ州ノガレス(Nogales)郊外にあった、プラスチック製の赤ん坊のイエス・キリスト(Jesus Christ)の脇で祈りをささげているプラスチック製の賢人。変だと思った。国境全体の絶対にあり得ない場所で、こういう宗教色の強い品々が目に入り続けた。

米アリゾナ州ノガレスの国境柵横にある像(2017年2月撮影)。(c)AFP/Jim Watson

米テキサス州プレシディオの国境近くにある「アビラのテレサ」の記念碑(2017年2月撮影)。(c)AFP/Jim Watson

 この旅で出会った中でも特に風変りだったのが、放浪の民を自称するクリス・カークランド(Chris Kirkland)さんだった。ニューメキシコ(New Mexico)州コロンバス(Columbus)の外れで、台車を引きながら犬と一緒に幹線道路を歩いていたカークランドさんが目に留まった。

 彼はテキサス州ダラス(Dallas)からカリフォルニア州サンディエゴまで歩き、今はダラスへの帰り道ではあるが、東海岸まで歩き続けてもいいと話した。なぜかと尋ねると、健康のために歩きたいと思ったと答えた(私は映画『フォレスト・ガンプ/一期一会(Forrest Gump)』を思い出した。ガンプもただ走りたいからと全米を横断したのだった)。クリスさんはとても陽気な男性で、雷雨や熱波を生き延びた経験を語ってくれた。この間ずっと犬とキャンプしてきたのだ。

米ニューメキシコ州コロンバス郊外の幹線道路沿いを歩くクリス・カークランドさん(2017年2月19日撮影)。(c)AFP/Jim Watson

米ニューメキシコ州コロンバス郊外の幹線道路沿いを歩くクリス・カークランドさん(2017年2月19日撮影)。(c)AFP/Jim Watson

 国境を隔てている物は、立派な壁からワイヤーフェンス、楽にまたげる膝の高さほどの柵までさまざまだった。

メキシコ北部チワワ州プエルトパロマスの国境で、AFPのギエルモ・アリアス・カメラマン(左)、ユリ・コルテス・カメラマン(中央)、ジム・ワトソン・カメラマン(右、2017年2月19日撮影)。(c)AFP/Yuri Cortez

 エルパソ(El Paso)の外れの国境は怪物並みで、フェンスもとてつもない代物で、まるでメキシコ全体が刑務所に入っているかのようだ。

米テキサス州エルパソからメキシコ・フアレスへ向かう歩道橋を渡る男性(2017年2月撮影)。(c)AFP/Jim Watson

 人口密集地に近い国境は厳重に警備されている。だが間違いなく穴や隙間はあり、私自身は一人も見なかったとはいえ、人々は明らかにそこを越えて来る。ある時国境警備員らと雑談していると、国境の向こう側の集団を見張っていることが分かった。一行は間もなく越境してくるはずだと踏んでいた。何人か交代で監視しており、ひたすらとどまっていれば目撃できるだろうと言われた。だが1人目の警備員と3時間座り続け、2人目の警備員と3時間過ごした揚げ句、諦めざるを得なかった。

 私が会った警備員らの大半が、壁は要らないと言っていた。向こう側が見え、近寄ってくるものが分かるので、国境に設置するならフェンスの方がいいらしい。

 国境警備隊は国境やその周辺域を監視するための秀逸な手段を多数保持している。係留軽航空機搭載レーダーシステム(TARS)もその一つで、上空約3000メートルに係留した巨大な飛行船から、周囲数キロ先まであらゆるものが見えるという。

 隊員らが川で使うのはエアボート(プロペラボート)だ。これは抑止策としての役割が大きい。ごう音を立てるため、不法移民らがその迫り来る音を聞くと、拘束されまいとその場から立ち去る。

米テキサス州イーグルパスの対メキシコ国境で、リオグランデ川からエアボートを引き上げる国境警備隊(2017年2月21日撮影)。(c)AFP/Jim Watson
米テキサス州イーグルパスの国境上空に浮かぶ米国境警備隊の係留軽航空機搭載レーダーシステム(TARS、2017年2月22日撮影)。(c)AFP/Jim Watson

 さらに、振動を検知すると信号を送って通知するセンサーもある。警備員と歩いていた際、振動検知の知らせを受けたため調べに行った。結果動物によるものと判明したが、かなりよくあることだという。

 現場の人々に話を聞いて見えてきたのは、国境柵は不法移民の阻止というよりも、麻薬の流入防止という意味でより必要だということだ。柵は密輸業者らによる越境を遅らせ、一定地点、つまり柵が途切れた場所に集中させる。国境警備隊はそこでの取り締まりを強化すればよい。

米テキサス州イーグルパスの対メキシコ国境で、リオグランデ川付近の橋の下に止められた米国境警備隊の車両(2017年2月21日撮影)。(c)AFP/Jim Watson

 国境付近の町の企業経営者らは、壁や不法入国をめぐる一連の議論のせいで、商売に打撃が出ていると嘆いていた。

 今回の取材はさまざまな面で、大きな満足感をもたらしてくれたといえる。まず国境の真の姿を知ることができ、勉強になった。国境には既に相当な規模のフェンスが設けられていることが分かった。私が取材から戻ると、多くの同僚も同じことを口にした。既に柵があるとは認識していなかったと。

 それに反響もあった。ツイッター(Twitter)上でも大変なにぎわいで、自分の仕事に対してこういうフィードバックが得られるのはとてもうれしい。

 何よりぜいたくでもあった。AFPのような通信社に勤めていると、1つの記事に多くの時間を費やせることはめったにない。私は今回の取材に丸10日を充てさせてもらった。とても素晴らしい機会であり、あれだけ時間をかけたからこそ、現地で本当に何が起きているかを伝えることができた。大反響が寄せられたのもそのおかげだと私は思う。またこのような取材機会に恵まれることを願っている。(c)AFP/Jim Watson

米カリフォルニア州テカテの対メキシコ国境で捨てられたソファ(2017年2月14日撮影)。(c)AFP/Jim Watson

このコラムは、AFP米ワシントン支局のジム・ワトソンカメラマンが、パリ(Paris)本社のヤナ・ドゥルギ(Yana Dlugy)記者と共同執筆し、2017年3月1日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。