■何度も見たどん底

 イさんは「他国より優れていると言われていたが、私たちの国は真っ暗だった」と言う。「私は中国との国境に近い場所に住んでいたので、ひそかに中国のテレビ番組を見ることができた。それで全く新しい世界へ目を向けることができた」。「苦難の行軍」と呼ばれた1990年代後半の大飢饉(ききん)も、イさんに政権への疑問を抱かせた。

 イさんが鴨緑江(Yalu River)を渡って違法に越境し中国へ入ったのは、まだ17歳のときだ。当初は短期間だけのつもりだったが、最終的に10年にわたる長旅になった。その間、何度も名前を変えながら、中国当局の脱北者取り締まりを逃れ、裏切りや暴力にも耐えた。

「人生の中でどん底を見たことが何度もあった。中国で一人暮らしをしながら、家族に二度と会えないだろうと泣いていた日々を覚えている。自分を憎んだ」

 2008年にイさんは韓国の首都ソウル(Seoul)にたどり着き、難民として認定され、家族を北朝鮮から呼び寄せた。さらにソウルで出会った米国人と結婚し、今は幸せに暮らす。

 イさんは今、変化を起こすために自分の経験を語ることを心に決めている。「弾圧されてきた人間が声を上げることが不可欠。国際社会を支援へと動かすには、それが最も有効な手段なのです」(c)AFP/Liz THOMAS