■性的人身売買

 国境を越えて中国に渡っても安全な場所はない。脱北者は不法移民とみなされ、捕まれば北朝鮮に強制送還され厳罰が待っている。女性たちは非常に弱い立場にある。出国するにはブローカーを信じるしかないが、事態が悪い方向に進んでも誰も頼れない。

 国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ(Human Rights Watch)のフィル・ロバートソン(Phil Robertson)アジア局長代理は、「北朝鮮の女性や少女たちは、第三国へ逃げるためには事実上必須なこととして、中国で強制結婚や性的虐待を余儀なくされる」と言う。

 イさん自身も中国へ入国したときに売春をさせられそうになった。美容院で働くための訓練だと言われたのに、連れて行かれた場所は売春宿だった。イさんは何とかして逃げることができたのだと言う。

 北朝鮮の女性たちは、主に地方部の男性の元へ花嫁として売られる場合もあると、イさんは言う。「夫とその家族からひどい暴力を受け、彼らが監視してない間に逃げないように鎖でつながれた女性もいる」とイさんは話す。自殺した女性も少なくない。

 イさん自身の経験はそうした不利な状況をはねのけた、劇的なサバイバル・ストーリーだ。公開処刑、通りに放置された遺体、家族の集まり、友人との遊び…イさんの子ども時代の記憶は、ありふれたものと恐怖が入り交じっている。だがそれこそが北朝鮮の日常だと、イさんは言う。「北朝鮮のほとんどの人にとって悲しい現実は、自由と人権がまったくないことが当然だと洗脳されていることです」