■「選手は夢を追いかけている」

 チュニジアの首都チュニス(Tunis)に近い海岸都市ラ・マルサ(La Marsa)出身のメルーリは、「99パーセントのアスリートは夢を追いかけている」としており、「夢を思い描いた瞬間から、われわれはそこに向かって努力する。僕は16歳のころからそうだった」と語った。

 メルーリは競技を離れていた半年間を含め、リオ五輪の準備を始めるまで悩みに悩み抜いたことを明かしている。そして母親をはじめとした家族や、ずっと応援してくれた人たちのために、五輪で自分の夢を達成したいと語った。「チュニス、仏マルセイユ(Marseille)やフォン・ロム(Font Romeu)、そして米国で、自分をメダル獲得まで押し上げてくれた素晴らしい人たちと仕事をする機会に恵まれた」

 過去の輝かしい実績にもかかわらず、メルーリは競泳に出場するのか、それとも五輪の正式種目になって今回が3回目となるオープンウオーターに出場するのか、まだ決めかねているという。「1500メートル自由形は、オープンウオーター10キロメートルの3日前だから、自分の体力に影響する可能性がある」

 メルーリは最近15年間、主に米カリフォルニア(California)州を練習拠点としているが、母国チュニジアに対しては強い思いを持ち続けている。

 ジン・アビディン・ベンアリ(Zine El Abidine Ben Ali)元大統領の独裁政権下で成功を収めたため、メルーリは当時の政府と緊密な関係にあったと批判を浴びていたが、2011年に政権が崩壊した際、必死で逃げながら母国への思いに気付いたという。

 反独裁政権運動の「アラブの春」が発生したブルギバ通り(Avenue Habib Bourguiba)の独立広場にあるホテルでAFPの取材に応じたメルーリは、ロンドン五輪の成功は自分にとって「罪滅ぼし」だったと話している。

「僕はベンアリ政権で人気を得ていただけで、そのことを公言している。チュニジアで革命が起きたあと、2012年に再び金メダルを獲得したことは、自分のキャリアにとってすごく重要な瞬間だった」