【4月8日 AFP】プロデビューから21年、ボクサーのマニー・パッキャオ(Manny Pacquiao、フィリピン)は9日、米ラスベガス(Las Vegas)でリングに別れを告げることになる。

 ティモシー・ブラッドリー(Timothy Bradley、米国)とのファイトマネーが2000万ドル(約22億円)とも報じられる中、パッキャオは、スポーツ界でもかなり稀有(けう)な立身出世物語を有終の美で飾ることができるのだろうか。

 1995年1月22日、当時16歳で痩せっぽちだったパッキャオは、母国フィリピンのミンドロ(Mindoro)島で行われたエドムンド・イグナシオ(Edmund Enting Ignacio)とのプロデビュー戦で、数百人の観客が集まる中、4ラウンドの末に勝利を収めた。

 首都マニラ(Manila)から3時間フェリーに揺られて会場に向かったというパッキャオだが、試合後に手にすることができたのは、現在のレートでわずか2400円程度だったという。

 ブラッドリー戦を控え、デビュー戦で与えられた賞金について振り返ったパッキャオは、「本当に少なかった。それでも、どうしてもボクシングがやりたかった。当時は母親や家族を(経済的に)支えたかったから」と語った。

 パッキャオは、当時を極貧生活と表現し、「家にはお金がなかった。自分が一家の大黒柱だった。弟を学校に行かせ、自分はボクシングを仕事にした」と明かした。

「その生活に満足だった。家族を支えることができたから。何もない人には、仕事の大変さが分からないだろう」

 決して楽ではなかったプロデビューから、これまでの試合で通算500億円以上を生み出してきたとされるパッキャオ。昨年「世紀の一戦」として話題になったフロイド・メイウェザー・ジュニア(Floyd Mayweather Jr.、米国)との試合には、判定の末に敗れたパッキャオだが、今週末のブラッドリー戦では、キャリア最高の締めくくりが期待される。

 84歳の大物プロモーターであるボブ・アラム(Bob Arum)氏は、パッキャオの人生という物語が、同選手の魅力になっていると話す。

「彼自身が、素晴らしい物語を体現している。立身出世物語じゃないか。フィリピンで路上生活をする少年が、段ボールの掘っ立て小屋に住んでいた。身を立てて、米国に来ることができた…そして歴代屈指のボクサーになった」

「マニーが来る前も何人もの選手を見てきた。全てのフィリピン人選手を覚えている。中には良い選手や、まあまあの選手もいた。しかし最高の選手はいなかった。マニーに会うまでは」

(c)AFP