■死は日常の一部、推計1万7000人

 誰もカノのことを考えていないわけではない。考えているに決まっている。ただ、あまりにも長く暴力の中で暮らしているために、死に対する態度が違うということだ。

 ナイジェリア北部はイスラム教徒が圧倒的多数を占め、文化も多くの点でイスラム教の影響を色濃く受けている。私たちは人生について宿命的な信仰をもっている。何が起きようと、それは神が決めたこと。もしも自分が殺されたとしても、そういう運命だったと考える。ハウサ語では「死に呼ばれたら、答えないといけない」ということわざまである。

 ここでは死は人生の大きな一部だ。

 ボコ・ハラムの攻撃は、数字で見ればよく分かる。09年のマイドゥグリでの戦闘以来、少なくとも1万7000人が殺害されたと推定され、約260万人が家を失った。

 昨年9月、マイドゥグリで117人が殺されたが、国際ニュースという意味ではほとんど報じられなかった。11月18日には2人の少女(1人は11歳だったという)が、カノの携帯電話マーケットで自爆し、15人が犠牲になった。その前日、東部アダマワ(Adamawa)州の州都ヨラ(Yola)では爆弾で34人以上が殺害された。この時、米交流サイト(SNS)フェイスブック(Facebook)は安否確認機能「セーフティー・チェック」をナイジェリアで初めて稼働させた。市内でネットにアクセスできる人々は喜んだと思うが正直、これだけの同時攻撃が、時には毎日、何年間も続いてきて、なぜ今なのかという気持ちはぬぐえない。攻撃が頻繁にありすぎて、それに人々が慣れてしまっている。

■死者が増えるにつれ無感覚に

 カノに恐怖があるとは言わない。次の攻撃がいつどこで起きるか、誰にも分からない。パリと違い、14年のカノの事件のときは、衝撃よりも怒りのほうが大きかった。私たちは皆、ボコ・ハラムがモスクや教会を攻撃してきたことは知っていた。だが、中心的な存在であるグランドモスク(Grand Mosque)が標的にされたことは、真の怒りを生んだ。普通では考えられないことだった。

 カノの首長の住まいはそのモスクの隣にあり、彼はナイジェリア北部でイスラム教徒からあがめられている人物だ。だが、カノで最悪の死者を出した攻撃は別にあった。12年1月、治安部隊に対する一連の攻撃の中で、185人が死亡した。

 最近話した友人は、以前は爆発が起きれば皆、逃げ出していたのが、今では何が起きたか見に行こうとすると語った。そして携帯電話で写真を撮って、ソーシャルメディアに投稿するのだ。人々は暴力に慣れ、無感覚にさえなっている。昨年はモスクから逃走する武装勢力を追いかけ、その数人を殺した者たちまでいた。以前ならば考えられなかったことだ。