■「自分の心に従った」

 武漢では銅像も建てられている李さんだが、常に高い人気を誇っていたわけではなく、キャリア晩年にようやく飛躍を果たすまで、その成功までの道のりは険しいものだったと振り返っている。

 元バドミントン選手の李さんは、2008年に中国の「国家テニス計画」から離脱して自身で師事するコーチとスポンサーを選ぶようになると、政府やメディアからたたかれるようになった。

 李さんは、「もちろん、最初はたくさんの重圧がのしかかっていましたし、これ以上は耐えられないと感じたこともあったかもしれません」と認めている。

「そうしなければならなかったのは、(テニスを)愛しているからです。だから私は自分の心に従って全力を尽くそうとしたのです」

 台頭著しい若手選手に同じような試練を選択させたくないとする李さんは、自身が直面して学んだ経験から、彼らには「楽しむ余裕」を与えることが必要だと主張している。

 勝利のスピーチでファンを爆笑の渦に巻き込むこともあった李さんだが、メディアとは対立することもあり、全豪オープンの記者会見では涙を流して立ち去ったこともあった。

 李さんは、「好意を持ってくれる人もいれば、敵意を向けてくる人もいる」とすると、「(現役時代の)最後の数年間では、メディアとのコミュニケーション方法など多くの事を学んだと思います」とつけ加えた。

 李さんの次の目標は、自身のテニスアカデミーを設立することとみられているが、娘のアリサ(Alisa)ちゃんが生まれて母親業に追われており、計画が順調に進展しているとはいえない。

「それが私の夢です。これから若い世代の手助けになれるように努力していきたいです」

(c)AFP/Annabel SYMINGTON