【9月28日 AFP】サウジアラビアにあるイスラム教の聖地メッカ(Mecca)近郊で大巡礼「ハッジ(Hajj)」の最中に起き、769人が犠牲になった圧死事故で、ナイジェリア北部カノ(Kano)から訪れていた貿易商のハムザ・ムサ・カビル(Hamza Musa Kabir)さん(55)は、男性の下敷きになりながらも、巡礼服を脱ぎ捨てて一命をとりとめた。

 細身なカビルさんはこの劇的な体験を、同じくカノから大巡礼に参加していたAFP特派員、アミヌ・アブバカル(Aminu Abubakar)に語った。

 カビルさんは夜明けとともにムズダリファ(Muzdalifah)を出発し、悪魔への投石の儀式が行われるミナ(Mina)にあるジャマラート(Jamarat)橋に向かって歩き始めたという。

「道のりの半分を過ぎたあたりまで来ると、警察が道路を封鎖し、(巡礼者たちが)たまり始めた」「そのうち、警察は全ての道路を封鎖し、通れる道は1つだけになってしまった。警察がジャマラート橋からテントに戻る人たちにも同じ道を通らせたことから、状況はさらに悪くなった」

「帰路に向かう人々が、増え続ける群衆と逆(の方向)に動いていたため、転倒事故が起きた」「人々は呼吸困難と暑さで衰弱していった」。押しつぶされた人々は息ができない状態に置かれた。巡礼者らは次々と卒倒し、「その多くは女性や高齢者、車いすに乗った障害者だった」という。

「私もアジア系と思われる巨体の男性の下敷きになり、動けなかった。抜け出すのに邪魔だった巡礼服を脱がなければならなかった」

 カビルさんは無我夢中で、上にのしかかっている男性の股間を片手でつかみ、強く握りあげた。男性が飛びのいて体が離れたすきに、もう一方の手をフェンスに伸ばし柵棒をつかむと、すでにフェンスの上に逃れていたアラブ系の青年がカビルさんを引き上げてくれた。安全なテント内に運ばれたところで、カビルさんは気を失った。

 意識を取り戻したカビルさんは飲み物や食べ物をもらった。巡礼服をくれた巡礼者もいた。その時になって初めて、自分の下敷きになっていた若者にかまれた痕が脇腹にあることに気づいた。

 2時間ほどかけて体を回復させた後、カビルさんはニジェールから訪れた巡礼者に介助してもらってジャマラート橋を訪れ、投石の儀式を終えることができた。

 カビルさんは、圧死事故の現場に戻った際に、恐ろしい光景を目にしたという。「地面には白い巡礼服で覆われた数えきれないほどの遺体が並んでいた。自分もあのなかの遺体の一つになっていたかもしれない」

 しかし、この恐怖体験にもかかわらず、カビルさんはまた大巡礼のために同地を訪れたいと語る。「定められた時間までは私は死なないと知っている。私の信仰にとってハッジはとても大切なものだ。どんな障害があろうと、ここに戻って来ることを私にあきらめさせることはない」(c)AFP