【6月8日 AFP】すべては思いつきから始まった。仏パリ(Paris)のAFP本社で夜間勤務の退屈な時間を過ごしていた私は、中東のカタールに新しく支局が開設される計画を知った。記者であると同時に、サッカーマニアでもある私のために用意されたようなポストに思えた(ご存知のとおり、カタールは2022年サッカーW杯の開催国だ)。

 私は24時間考えた末、メールで志願書を提出した。それから数か月が経ち、わが家に双子も生まれた後、私は今、カタールの首都ドーハ(Doha)にそびえるガラス張りの高層ビルの15階にいる。中東の太陽がまぶしい窓から下に目をやれば、数珠のように連なって渋滞している車が見える。

 新しい支局を開くなんて、何ともロマンチックに聞こえるかもしれない。タイプライターを打つ音や、ダイヤル式の電話をかける音、オフィスで紫煙をくゆらせている記者など、ジャーナリズムの昔懐かしい時代を思わせるからだ。この業界で仕事を始めた頃に夢見たような、初めての署名入り記事、初めての1面掲載、初めてのスクープと同じように遠い、興奮に包まれた昔だ。

 だが、現実はもっと平凡だった。ビザの取得、オフィス用品の注文、テレビなど支局に必要な機器の設置といったありふれたことに多くの時間をとられた。それでも、心躍るような瞬間がなかったわけではない。

■砂漠の小国の光と影

 ドバイでの最初の数か月、私は大使とビーチでランチを食べたり、ペルシャ湾でダイビングをして真珠を採ったり、カイリー・ミノーグ(Kylie Minogue)のライブに行ったり、ネイマール(Neymar da Silva Santos Junior)に会ったり、デビッド・ベッカム(David Beckham)とテニスを観戦したりした。

 生真面目な会議(カタール人は会議が好きだ)に出席していたときにスクープに出くわし、ジャーナリストとしての血が騒ぐこともあった。ドーハで開催されたアート系の会議で、カタール航空(Qatar Airways)の幹部が突然、ライバル航空の飛行機は「ごみ」だとたたき始めたのだ。それは真意かと問われた彼はありがたいことに、そうだと回答した。私にとってさらに幸運なことに、その場にいた記者は私だけだった。もっと信じられないことに、隣に座っていた英王室のメンバーが、そのスクープをとった私の背中をたたいて祝ってくれた。舞い上がった私は、おじぎをしたい気分になった。

 私を現実に引き戻したのは、機嫌良く近づいてきたある司法関係者から受けた警告だった。この件に関する私の記事が「あまり仰々しいと」投獄されることもあるぞと脅された。彼の選んだ形容詞があまりにも面白く、私は彼が真剣であることを忘れそうになった。