■今の自分を構成する「レイヤー」

記者:あなたのキャリアを振り返って、とりわけ好きな自分の作品というものは存在しますか?

奈良:あるけど、それは美術としてじゃなくて、その絵を描いたときの自分の思い入れ…その日に何があったかでその絵が好きというか。

記者:なるほど、では良い思い出や大事な思い出とともにある作品は?

奈良:全ての作品にそういう思い入れがある。決められない、というか分からないね。

記者:過去の作品を振り返った時に、当時との違いを何か感じますか?

奈良:(初期には)まとめる力がなくて、いろんなものを一つの画面に入れようとしていたと思う…その方が説明しやすいと思っていたし。今はその全く反対で、1つのものを描いてたくさんのことを説明したい。

記者:その変化は制作を続ける中で出てきたのでしょうか?

奈良:いろんなことがレイヤーみたいに重なって今の自分ができてて、何が大切かとか何がその時起こったかということが全部重なっている。全てが同じくらい大切なものとしてね。

 このことについて奈良氏は、どんな楽しいことも悲しいことも、全部レイヤーになっていると説明する。そして過去に戻って何かを変えたかったと考えるのは違うと思うと述べた。

記者:何か次にやってみたいことがありますか?

奈良:もっと旅行したいかな。旅をするために絵を描いている。アーティストとして旅を続けたい。

記者:どこか具体的に行きたい場所はありますか?

奈良:うーん、(北欧の)ラップランド(Lapland)地方かな。北国で生まれ育ったから、一番好きな景色は雪に覆われている真っ白な景色だね。

記者:ソーシャルメディアについてお聞きします。あなたはソーシャルメディアが好きではないと聞いています。でも非常に良く利用されているようですね。

奈良:ここまでだったら来ていいよ、というのを見せてるだけなんです。あなたはもしかしたら僕がオープンで温和な性格だと思っているかもしれませんが、それは違います。人々に見せられるものを全て見せているだけで、見せたくないものもあるから、わざとあるものを見せている。

記者:レナード・ニモイ氏から「耳」をプレゼントされましたね。彼は最近他界しました。何か特別なことをする予定はありますか?

奈良:冥福を祈るだけです。彼はとても親切で素晴らしい方でした。彼は写真家でもあり、現代アート作品のコレクターでもありました。子どものような心を持っていた人で家の中には鉄道模型が走っていました。

記者:悲しい別れですね。

奈良:悲しいですが、震災や父の死を経て、人は必ず死ぬものだと思うようになった。みんな終わりというものがある。私は彼が完璧な人生を全うしたと思っている。自分も全ての力を出し切って死にたい。僕は今55歳で、人生をマラソンに例えれば、すでに折り返し地点を過ぎたところかな。序盤は若かったからパワフルでいられたけど、半分を過ぎると…(息切れのゼスチャー)。ただラストスパートのために力はとっておかないとね。日本人男性の平均寿命は80歳くらいだから。

(c)AFP/Caroline HENSHAW