■スターに「うってつけの存在」

 UCIは、2005年にアームストロング氏の捜査が行われた際も、「意図的に視野を狭めた」という。

「UCIはランス・アームストロングをルールから除外し、疑惑が持ち上がる中でも検査を行わず、2012年あたりになってもなお、彼はドーピング違反を犯していないと公言していた」

 CIRCは、「疑いが強まる中、ランス・アームストロングに献金を依頼し、それを受け取ったUCIは、批判されても仕方ない」とまとめている。

 1999年のツール・ド・フランスで、4つのサンプルから禁止薬物コルチコステロイド(corticosteroids)の陽性反応が出たアームストロング氏は、「処罰を逃れるために」改ざんされた処方箋を提出する許可を得ていた。

 また、2009年にツアー・ダウンアンダー(Tour Down Under)で現役復帰を果たした際も、通常必要な6か月前からの検査を免除されている。

 CIRCは、マッケイド元会長がUCIの職員の助言に背き、アームストロング氏の復帰を13日間早める「急転換」をしていたことが分かったとしている。奇しくも同日、アームストロング氏が「ツアー・オブ・アイルランド(Tour of Ireland)への出場」を表明し、同大会を主催しているのがマッケイド元会長の兄弟だったことから、この決断には裏があったのではないかとされている。

 CIRCは、1998年のツール・ド・フランスでドーピングスキャンダルという打撃を受けた自転車界にとって、アームストロング氏が「競技の栄華を支えるのにうってつけの存在」だったのだろうと述べている。

「アメリカ人選手として競技の可能性を広げ、がんを乗り越えた選手として、メディアが彼を世界的なスターに祭り上げた」