■タイに舞い戻る移民たち

 2006年、ミー・テーさんの母親とおいの遺体の身元が確認できたと連絡がきた。当時、世界で最大規模だった科学捜査のおかげだった。タイと外国の専門家たちが何年もかけて歯の記録やDNA、指紋を照合したことにより、犠牲者のうち3000人以上の遺体の身元が特定され、世界各地の家族の元へ帰された。

 だが、ミー・テーさんの3人の子供は「行方不明」のままだった。「死んだと思うけれど、遺体が見つかっていないから生きているかもしれない。どこかで他の人たちと生きているかもしれない。そんなことばかり考えている」

 インド洋津波から10年、村民5000人の半数が犠牲となったバンナムケム村に、悲劇の痕跡はほとんど残っていない。ミャンマー人たちがタイ人から借りる質素なアパートは再建され、埠頭に泊まる船からは、移民労働者たちがバケツに入った鮮魚を次々に水揚げし、工場へ送っている。ミー・テーさんのように工場で魚の内臓を取り除く仕事の日当は、10ドル(1100円)ほどだ。

 タイの慈善団体「教育・開発財団(Foundation for Education and Development)」のトゥー・チット(Htoo Chit)氏によると、津波ではパンガー県だけで1000人前後のミャンマー移民が亡くなったと推定されている。同県には今、津波の前よりも多くの移民労働者がおり、その大半が正式な労働許可を得ている。

 県内のバンムアン墓地には、369人の身元不明の遺体が、番号を振られただけの墓石の下に眠っている。当局はその大半がミャンマー人だとみているが、照合するためのDNAサンプルが存在しない。身元を特定して家族の元へ返す作業は、年々規模が縮小されているが、今も続いている。(c)AFP/Preeti JHA