■メディアの増加で記者の人数も数倍に

 メディア・スクラムはこの数年で悪化している。ブログや小さなニュースサイトなど、新しい媒体が急増したことによって、現場に押し寄せる記者の数も数倍に膨れあがっているからだ。しかも、こうした新しい記者たちは、「暗黙のルール」を理解しているとは限らない。先に現場に着いていた記者の前には立たない、ペンの記者はカメラの邪魔にならないように姿勢を低くして取材するなどの礼儀がある。だがそれらが守られない状況が増えているために、記者同士の緊張が高まっている。現場にカメラが多ければ多いほど、リスクは増す。

 AFPのビデオ編集局長のアンリ・ブービエ(Henry Bouvier)は、「だからこの仕事は年がいった記者には向いていないんだ」と、冗談交じりに言う。「メディア・スクラムの中にいる50歳以上のビデオジャーナリストを見たら、そいつから離れるべきだ。その年でまだやってるなんて、凶暴な奴に違いないからな」

 危険なメディア・スクラムを生み出すためのレシピはいくつかある。例えば、金融市場を動かしそうな大きな発表が期待されるときに、競争心を燃やす記者たちを、気が狂うほど長時間待たせていら立たせる。もっと混乱を起こしたければ、その記者会見の段取りを悪くするという手もある。

 AFPウィーン(Vienna)支局のカメラマン、ジョー・クラマー(Joe Klamar)もこう嘆く。「国連(UN)の国際原子力機関(International Atomic Energy AgencyIAEA)の本部はウィーンで最も大きいビルの中にあるのに、記者会見や写真撮影は、その中でおそらく最も小さい部屋で行われる。2×4メートルの部屋に押し込められることもある。記者たちはお互いの上に乗り上げていて、上にいる記者の汗が滴ってくるんだ」

 だがIAEAも、同じくウィーンで開催される石油輸出国機構(Organization of the Petroleum Exporting CountriesOPEC)の会議にはかなわない。最終日恒例の、会議後に大臣たちに向かって記者たちがダッシュするさまは、詩的に「ギャング・バング」と呼ばれている。ウィーン支局のシムシム・ウィスゴット(Sim Sim Wissgott)記者は、これを「誰もが自分のことしか考えず、礼節を見失った狂気の瞬間」と表現する。

 ジョー・クラマーは、何十人ものほかの記者たちと一緒に、階段に立ちながらOPECの会議が終わるのを待っていた時を覚えている。

「集まった記者たちが押し合う圧力がどんどん強くなり、とうとう警備員が入ってもいいと言ったときにはIDチェックなど出来ない有り様になる。誰もが、階段の下から押し上げてくる体の波に押されて、自分の意思とは関係なく階段を上っていくんだ。ある時は、警備員のネクタイかバッジが私のカメラかバックパックに引っかかって、彼の体も一緒に上がってきた。そうしないとネクタイで首が絞められてしまうからね。彼は私に叫んでいたけど、私にはどうすることもできない状況だった。あまりに滑稽な状況だったので声を出して笑い始めたら、警備員も緊張の糸がほぐれたようだった」