ハルンさんたちが、ゲラマの音を全く聞かないまま1週間近くたってしまうこともある。そのため、魚の音が聞こえるという能力に疑いの目を向ける人もいる。

 しかし専門家は、昔から船乗りたちは船体を通じて魚の音を聞いてきたと指摘する。米国を拠点とする海洋エコロジストのロドニー・ラウントゥリー(Rodney Rountree)さんは「スキューバダイビングのダイバーは自分たちの呼吸や息を吐いてできる泡の音が邪魔になって何も聞こえない。だが素潜りのフリーダイビングダイバーや音の少ないリブリーザーを使用するダイバーたちは、よく聞こえている」と語る。

 かつてフィッシュ・リスナーだった人たちのなかには、海水温の変化を感じられたという人もいる。

 ハルンさんにとっては、目を大きく見開いて様々な感覚を駆使する体験だ。「魚がはるか彼方にいても、どの方向なのかは感じられるから、そっちへ向かう。本当に近くなったら、はっきりと魚の音が聞こえる」

 ゲラマの群れを探し当てたら、ボートで待っていたハルンさんの仲間たちが、それまでは切っていたエンジンを全開にして接近し魚を一網打尽にするというわけだ。「愚かな魚だと思うだろう。だが彼らには俺たちが近づいたことがわかるんだ。ボートの音を聞いて逃げるんだよ。泣いたり叫んだりして、そうすると仲間の魚たちも散り散りになって逃げる」

■現代化が消す魚の声

 かつて海に魚があふれていたころは頃は、大漁も珍しくはなかった。だが何十年もの乱獲が続き、今ではハルンさんがゲラマの声を聞く回数も減っている。

 しゅんせつ工事、水産養殖、工場建設、底引き網漁などの現代化が、南シナ海(South China Sea)の14キロにわたるセティウ沿岸の豊かな生態系を変えてしまった。

 ハルンさんが漁で得る収入は不安定だが、平均で週2000ドル(約21万円)ほどになる。だが、漁を手伝ってくれる乗組員の賃金や燃料費など諸々の経費を差し引けば、ハルンさんの手元にはほとんど残らない。「毎年、獲れる魚の量は減っていく。でも自分がまっとうにできる仕事は他にはない。だから、この漁を続けるしかないんだ」

 マレーシア人の魚介類消費量は1人当たり年56.5キロで、日本人よりも多い。だが世界自然保護基金(WWF)は、マレーシアの水産資源は2048年までに枯渇する可能性があると警鐘を鳴らしている。

 それでもハルンさんの息子のズライニさんは、いつの日か自分の息子もフィッシュ・リスナーに育てたいと語る。「この漁法が廃れるのは見たくないんだ」(c)AFP/Shannon TEOH