【9月12日 AFP】片方の手で小舟のへりをつかみ、ハルン・ムハマド(Harun Muhammad)さん(68)は海中に身を沈めた。目は大きく見開いたまま、耳を澄ませて青い水の奥から聞こえてくる魚の音を聞き取るのだ。

 ハルンさんはマレーシア最後の「フィッシュ・リスナー」の1人だ。この不思議な昔ながらの方法で漁を続ける漁師は、いまやハルンさんと息子で弟子のズライニ(Zuraini)さん(44)だけとみられている。

「耳を澄ますということは、ガラスを通して物を見るようなもの。サバもイワシも見えるんだ」とハルンさんは言う。彼はマレーシア東海岸のトレンガヌ(Terengganu)州セティウ(Setiu)でずっと漁師を続けてきた。「探すのはゲラマ(ニベ類の魚)だけ。ゲラマの群れに他の魚がまざることもあるが、ゲラマこそ魚の王様だ」

 他にもフィッシュ・リスナーたちはいたが、亡くなったり引退したり、あるいは現代の魚群探知機を使って漁をするようになったりして、いなくなっていった。さらに漁獲量の減少や海中騒音の上昇なども、魚の声を聞く伝統漁法が衰退する要因となった。

 1971年から2007年の間にマレーシアの水産資源は92%減少したとの研究結果もある。

■「魚たちにも声がある」

「この技をまねるのは無理だ。技術を身に付け、海の様態についても学ぶ必要がある」とハルンさんは言う。「仲買人たちが言うんだ。『あんたがいなくなったら、もうゲラマは手に入らないな』って」。ゲラマは同サイズの魚の最大10倍の値で売れる。

 ハルンさんによれば、魚の音を正確に表現するのは難しいが、小石が水の中に落ちるような響きだという。「魚たちにも声があるんだ。この音はこの魚、あの音は別の魚というふうに。経験がなければ、聞き分けることはできないね」