【5月29日 AFP】今年、米首都ワシントン(Washington, D.C.)にあるハワード大学(Howard University)の卒業式にゲストスピーカーとして呼ばれたのは、ラッパーで実業家の「P・ディディ(P. Diddy)」ことショーン・コムズ(Sean Combs)だった。

 ブルーのガウンを身にまとった大勢の若者たちに向かって、コムズは自身の成功の秘訣を次のように語った。「自分は父の起業家精神を、公正で合法なやり方で形にしていく決心をした」。彼の父親は麻薬取引の最中に他界している。

 コムズはストリートから出発し、米紙ウォールストリート・ジャーナル(Wall Street Journal)に取り上げられるまでになった「ヒップホップ実業家」のひとりだ。個人資産は7億ドル(約710億円)に上るという。

 28日には、米アップル(Apple)が、ウェストコースト・ヒップホップシーンの重鎮、ドクター・ドレー(Dr. Dre)とジミー・アイボン(Jimmy Iovine)氏が立ち上げた「ビーツ・エレクトロニクス(Beats Electronics)」を30億ドル(約3050億円)で買収すると発表。この買収を通じ、ドクター・ドレーはヒップホップ界初のビリオネアになることが濃厚とみられている。

 買収については以前から話題となっていた。「The Big Payback: The History of the Business of Hip -Hop(ビッグ・ペイバック~ビジネスとヒップホップの歴史)」の著者ダン・チャルナス氏も「素晴らしく画期的なことだ。何たって(アップルといえば)世界のトップ企業だ」と発表を前にコメントしていた。「(この買収話は、)ヒップホップ起業家の台頭という文脈でも理にかなっている」

 ヒップホップは長きにわたって米ビジネス界のドアをノックし続けてきた。ようやくその努力が実ったのは、約30年前に結ばれた、ヒップホップ専門レコードレーベル「デフ・ジャム(Def Jam)」と業界大手コロムビア(Columbia)との間の契約だ。

 しかし、この契約をもってしても、黒人文化に対する支配者層の警戒心がすぐに解かれることはなかった。ヒップホップ界の大物たちが大型のブランド契約を結べるようになったのは、2000年代半ばになってからのことだ。

「ロックは簡単にメーンストリームに受け入れられたのに、ヒップホップはずっと待たされた」と、レコードレーベルの元幹部で広告代理店「Translation」創業者で同社CEOのスティーブ・スタウト(Steve Stoute)氏は言う。