サッカー界のお荷物からW杯の強豪国キラーとしてのポテンシャルを持つ存在となった日本は、1998年の本大会デビューでは圧倒されたも同然だった。

 共同開催国となった2002年大会では、チームの攻撃スタイルの礎を築いたフィリップ・トルシエ(Philippe Troussier)監督の下で、ベスト16入りを果たした。韓国のベスト4入りという驚くべき結果の陰に隠れたものの、フランス出身のトルシエ氏もサッカー界に日本の足跡を残した。

 トルシエ氏が辞任したのち、日本が描いてきた上昇カーブは、さらに急上昇するとみられていたが、逆に下降線をたどった。

 元ブラジル代表のジーコ(Zico)氏は、黄金世代と呼ばれる選手たちを擁しながら、前任者の仕事を積み上げていくことに失敗した。2006年大会で日本がグループリーグ敗退に終わった直後、中田は無念の引退を発表した。