■記憶に残るセナとのエピソード

 それでも、ホンダがF1復帰の準備を進めているこの記念の年に、多くの人々が、そして筆者(ティム・コリングス(Tim Collings))が思い出すのは、セナという人物の人間味だろう。その笑顔やジョークや優しさ、そうしたものが形作る唯一無二のカリスマ、激しくひたむきな情熱だろう。

 記憶は時に美化されがちだが、多くの人が同じこと、同じ場所を覚えているとなれば話は別だ。

 1987年のハンガロリンク・サーキット(Hungaroring racetrack)では、急いでいるにもかかわらず、眉をしかめながらも筆者の質問に答えてくれた。ロータス(Team Lotus)のつなぎを着たセナは最後には笑みを浮かべ、遅れた分を取り戻すために駆け出していった。

 同じ年のモンツァ(Monza)では、晩夏の傾いた日差しのなか、ライバルのプロストの隣に立って落ち着かなげに体を動かしていた。マクラーレンがホンダ、セナとプロストという、ドリームチームの結成を発表した場でのことだった。

 グランプリ500大会開催を祝う式典が行われたパリ(Paris)では、息子のためにサインをくれないかという筆者の申し出を快く受け入れ、式典のプログラムにサインをしてくれた。当時の英語圏でよくある名前だった「ジョージ(George)」と間違えて書いた後、「ジョシュア(Joshua)?つづりはどう書けばいいのかな」と聞いて正しいつづりでサインし、しかもそのことを後々まで覚えていてくれた。