■収入は1日1ドル程度

 だが幸いだったと喜べるのはここまでだ。

 太平洋から吹きつける潮風にエミリーさんは不安を抱く。「海の近くだから怖い。強い風が吹き始めると、どうやって逃げようかと考えてしまう」

 災害後にサンホセに戻って来た多くの人たちと同様、エミリーさんとジョベルトさんはここで生き続けなくてはならない。他に移る資金もないし、政府はまだ移転先を明示しないからだ。

 台風が直撃した日、ジョベルトさんは600キロ離れた首都マニラ(Manila)で配達の仕事をしていたが、家族の面倒をみると決めたため仕事を辞めた。

 1年前、エミリーさんもマニラでお手伝いさんとして働いていた。2人で稼ぎは月に150ドル。フィリピンでは最貧困層にあたるが、それでも生活することはできた。

 いまや一家の収入は1日約1ドル。ジョベルトさんが支援機関から寄付された人力三輪車に乗客を乗せてサンホセをまわって得られる収入だ。

 夫婦はよりよい生活を求めているが、多くを望んではいない。

「以前のような暮らしを取り戻せればいいと思う。普通の暮らしを。小屋ではなくて新しい家がほしい」(ジョベルトさん)

 ただ、エミリーさんにはあの台風と直後のつらい時期を乗り切ったという自信がある。出産後、医療センターを後にした彼女は、人力三輪車にベア・ジョイちゃんを乗せて避難所に自力で向かった。放置されたままとなっていた犠牲者の遺体を横目に、避難所までの約30分の道のりを懸命に移動したという。

 移動中、そして倒壊した空港ビルでの分娩は怖くなかったかと尋ねると、彼女は首を横に振り、「私はただ赤ちゃんのために強くなろうとした」と答えた。(c)AFP/Karl MALAKUNAS