■中国との関係改善目指すフランシスコ法王

 リッチ神父は、カトリックの信仰を中国の現地文化の中に広めるという新しい伝道の形を体現していた。中国で暮らした最初のイエズス会士の一人として、リッチ神父は中国語と中国の文化を学び、諸学に造詣の深い学識者としての幅広い名声を得て、万暦帝(Emperor Wanli)の宮廷にも招かれた。

 だが、初期の伝道が成果を上げたにもかかわらず、バチカンはカトリックの教義を中国文化と融合させるという考えに否定的で、典礼問題(中国のカトリック信徒に中国の伝統的な儀礼をどの程度まで許容するかという論争)が引き起こされた。

 リッチ神父の列福申請はフランシスコ法王が中国とより良い関係を築こうとしている中で行われたと、ジュリオドーリ司教は指摘する。フランシスコ法王は特にアジアに関心があり、アジアには伝道の大きな機会があると信じている。フランシスコ法王は若きイエズス会士だった頃、日本での伝道師になることを夢見ていた。(c)AFP