【9月23日 AFP】夫が死んでから15年後、白髪と顔のしわが目立つアナ・ムウィタ(Ana Mwita)さん(65)はもう一度結婚生活を送ることに決めた。ただし今回の結婚相手は「若い女性」だ。

 ここは、クーリャ(Kurya)という部族が暮らすタンザニア北部の村。クーリャの社会では、年配の女性が若い女性を「妻としてめとる」ことが認められている。若い妻に男性の親族との間で子どもを産んでもらうことで家名を残し、財産である家畜も守られるという利点がある。

 若い女性と結婚する年配女性はたいてい、夫を亡くしたか、子どもがいないか、娘が全員嫁いでひとりぼっちになったかのいずれかの女性だ。

 2005年に23歳の女性、ジョハリ(Johari)さんをめとったというムウィタさんは、泥壁の小屋が3つ並ぶ自宅の前で、男の子の赤ちゃんを胸に抱いたまま「夫が死んで10年後に再婚を決意したんだよ」と話した。ムウィタさんにはもともと子どもがいなかったが、今や2児の「父親」だ。

 生物学的な父親は、ムウィタさんのおいにあたる人物で、既婚者だ。このおいには、「(妻・ジョハリさんの)面倒を見ておやり」と頼んでおいた。その結果生まれた子どもたちだが、伝統に従い、子どもたちはこのおいではなく、ムウィタさんのものだ。

■婚資も払う

   「ムクングス」と呼ばれるこの風習は、地元の暮らしぶりの中で高くつく。通常の結婚で習慣であるのと同様、「婚資」が必要だ。ムウィタさんが支払った婚資は、牛9頭、酒を詰めた瓶を数本、そして毛布ひと束だった。

 嫁いで来たジョハリさんは「夫」であるムウィタさんを手放しで称賛し、「幸せです。欲しいものは手に入るし、子どももいるし、自由もあります」と話した。

 同性愛と聞くとまゆをひそめられるタンザニアでは、同性婚は違法行為だ。だが政府は、このクーリャ社会の結婚風習については容認している。

■女性と2度離婚したおばあさん

 金に困った両親が、惜しみない婚資に目がくらんで娘を年配女性に嫁がせるケースもあるが、そうした結婚生活はたいていの場合、短命だ。

 ニャムワンガ(Nyamwanga)さんは、若い女性との結婚に2度失敗した経験を持つ。「近代化」と「都市部からやってきた若い男たち」が自分の結婚をぶちこわしたと、かんかんだ。

 ニャムワンガさんはもともと自分も男性と結婚していたが、子どもができないことを理由に離縁された。だが、クーリャ社会では珍しく、広大な土地を親から相続したニャムワンガさんは、現金300ドルと牛9頭で若い女性と再婚した。

   「小屋を1つ丸ごと譲ったのに、彼女ときたら、都会から来た若い男にうつつを抜かして、2002年にそいつと駆け落ちしたんだよ」と、ニャムワンガさんは目に涙を浮かべながら話す。

 不幸中の幸いと言うべきか、婚資は全額取り戻すことができ、別の女性と再婚した。だが、またしても捨てられてしまった。「時間、お金、家畜を無駄につぎ込んでしまったよ。全く、何の足しにもなりゃしなかった!」(ニャムワンガさん)

■強制結婚の場合も

 なお、一部の若い女性たちは、「ムクングス」による結婚を「恥ずべきこと」と考えている。

 そのうちの1人、ファリダ・ザカリア(Farida Zacharia)さんは、サリマ(Salima)ばあさんとの結婚を後悔している。父親が結婚を無理強いしたという。

   「あんな底意地の悪いガミガミばあさんは初めて!ことあるごとにわたしを殴って、わたしを男に仕立て上げようとしていたんです。母さんがまだ生きてたなら、こんなことは絶対に許さなかったでしょう」(ザカリアさん)

 ザカリアさんは弱冠19歳だが、この年配の女性とは1年もしないうちに別れ、心の傷をかき消すためにドラッグとアルコールにおぼれた。現在は家政婦として働いているが、好みのタイプの若い男性と結婚することを夢見ている。

 記録によれば、植民地時代以前のアフリカでは、数十の部族社会で女性同士の結婚が行われていた。この風習はすたれつつあるが、現在でも、ナイジェリア南東部のイボランド(イボ人の居住地域)など一部の地域で見ることができる。(c)AFP/Ephrem Rugiririza