【6月27日 AFP】19世紀ポーランドの天才音楽家、フレデリック・ショパン(Frederic Chopin)。コニャックと思われる液体に漬けられて完全保存されている彼の心臓は、「真の死因」を内に秘めている。

 ショパンは39歳のとき肺結核で亡くなったとされるが、ポーランドの医学研究者らは、死因が「嚢胞性線維症」であると主張し、文化省に対してショパンの心臓のDNA鑑定を認めるよう要請している。

 心臓は、ワルシャワ(Warsaw)の聖十字架教会(Church of the Holy Cross)に埋葬されている。彼の意向により、1849年に姉によってポーランドに持ち帰られたものだ。教会の石柱には「あなたの宝の場所にあなたの心がある(マタイ伝)」と記されている。なお、遺体はフランス・パリ(Paris)のPere Lachaise墓地に埋葬されている。

 嚢胞性線維症の専門家、Wojciech Cichy氏は、ショパンの幼少時代からの「虚弱体質、肺感染症にかかりやすい体質、ぜんそく、せき」などの症状は嚢胞性線維症に典型的なものだという。

 身長170センチメートルで体重40キロという「超やせ型」、そして、フランス人作家ジョルジュ・サンド(George Sand)との情熱的なロマンスにもかかわらず子どもができかったという「不妊」の可能性も、嚢胞性線維症だったことを示す証拠だという。なお、この病気の患者が40歳以上まで生きることは極めてまれだという。

 Cichy氏は、「彼が嚢胞性線維症だったことを立証できれば、同じく嚢胞性線維症の患者、特に子どもにとっては、自分だって大きなことを成し遂げられるんだという大きな勇気になる」と語る。

 ポーランドの国立ショパン協会(National Fryderyk Chopin Institute)のGrzegorz Michalski氏によると、ショパンの心臓は第2次世界大戦後まもない1945年に検査されている。心臓は、コニャックと思われるアルコールが満たされたクリスタルのつぼに密閉されて「完璧に」保存されていた。

 そのため、「(DNA鑑定のために)つぼを開けると、心臓組織が破壊されるかもしれない」と指摘する。また、ショパンの子孫2人のうち1人はDNA鑑定を希望しているが、もう1人が断固として反対していると付け加えた。

 なお、聖十字架教会側は、DNA鑑定に関してなんの連絡も受けていないとしている。

 文化省は、現在行われている研究を考慮して「適切な決定」を下すとしている。

 ショパンの心臓が埋葬された柱を見ようと聖十字架教会を訪れたあるスウェーデン人観光客(24)は、DNA鑑定というアイデアに困惑ぎみだ。「そっとしておくのがいちばん。何が見つかるというの?彼は死んでいるのよ」

 上海(Shanghai)から来た21歳の学生は、「心臓を故郷に埋めることが彼の希望だった。だからじゃましない方がいいと思う」と語った。

 1795年のロシア、プロシア、オーストリアによる第3次ポーランド分割のあと、1830-31年にポーランド騒乱が起きる。ショパンは父親の故国であるフランスに移住。ロシアのパスポートを取得することを拒否したため、その後、故国ポーランドの地を踏むことはなかった。

 ホームシックに苦しみ、ポーランドの独立を夢見ていたショパン。「騒乱はショパンの人生を引き裂くドラマだった」とMichalski氏。そんなショパンの音楽は、ポーランドの自由を獲得するための長い闘争のシンボルとなった。

 それゆえ、ナチス・ドイツはショパンの音楽を禁止したが、1944年のワルシャワ蜂起を機にナチスが行った空爆の最中に心臓を救い出したのは、ほかでもないドイツ人の将校だったという。(c)AFP/Mary Sibierski