【モスクワ/ロシア 25日 AFP】ロシアのボリス・エリツィン(Boris Yeltsin)前大統領の死去を受け、「国民服喪の日」とされた25日、モスクワで行われた葬儀に市民数千人が参列した。ソビエト連邦の解体に主要な役割を果たし、ロシアに民主主義と資本主義を導入した故大統領に多数の人々が追悼の意を表した。

 政府による「服喪の日」の宣言により、国内では半旗が掲げられ、国営放送は葬儀の様子を休みなく放映した。
 
 遺体の一般公開は24日からモスクワの「救世主キリスト大聖堂(Christ the Saviour Cathedral)」で開始され、市民約2万人が夜通しで訪れた。25日には聖堂前に数千人が列を作った。

 救世主キリスト大聖堂はソ連時代、当時の独裁者ヨシフ・スターリン(Joseph Stalin)によって爆破され、エリツィン氏がソ連を解体した後、新生ロシアの宗教的復活のシンボルとして同政権下で再建された。

 エリツィン氏のひつぎは顔が見えるように蓋を開けた状態で安置され、ロシアの3色旗と赤いキャンドルに囲まれた。白いローブを着たロシア正教の司祭らが聖歌を唱える中、参列者は献花やエリツィン氏の写真を手にゆっくりとひつぎの傍らを進んだ。弔問に訪れた58歳の女性は大聖堂前で、「これで私の時代が終わった」と述べた。

 25日の葬儀にはウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)大統領、ビル・クリントン(Bill Clinton)前米大統領、現ブッシュ米大統領の父であるジョージ・H・W・ブッシュ(George H. W. Bush)元米大統領、旧ソ連時代最後の指導者、ミハイル・ゴルバチョフ(Mikhail Gorbachev)元大統領らも次々と弔問に訪れ、エリツィン氏夫人のナイナ(Boris Yeltsina)さんや遺族に弔辞を述べた。午後2時からは遺族のみによる葬儀が行われた。

 24日、心臓発作のため76歳で死去したエリツィン前大統領の遺体は礼拝後、16世紀に建造され、作家のアントン・チェーホフ(Anton Chekhov)も眠るモスクワのノボデビッチ(Novodevichy)修道院に埋葬のため移動された。

 最近では、エリツィン氏による1991年の旧ソ連解体や資本主義経済への大転換、さらにはチェチェン紛争での強硬な対応、国営資産の民営化がもたらした腐敗などに対する批判が増加し、同氏に対する英雄視よりも嫌悪感が広くみられていたことから、大群衆による弔問は意外な展開となった。

 写真はモスクワの救世主キリスト大聖堂で25日、ひつぎに横たわる故ボリス・エリツィン前大統領の顔に別れのキスをする夫人のナイナさん。(c)AFP/ALEXANDER ZEMLIANICHENKO