■「天井桟敷」から生まれた数々の伝説

 また宇野の名を広く知らしめたのは寺山修司(Shuji Terayama)による前衛劇団「天井桟敷(Tenjo Sajiki)」のためのポスターや舞台美術だろう。「天井桟敷」は60年代後半から小劇場ブームを巻き起こした伝説の演劇グループだ。「横尾が創立メンバーの1人で、僕はなんで呼んでもらえないんだろうという僻みもあった。やがて参加するようになるのだけれど」と宇野は当時を思い出してほほ笑む。

 寺山はイラストレーターやアーティストとの関係の中で演劇構造を考える劇作家だった。「寺山から『次の芝居はこんな感じにしたい』と聞いて、戯曲のない状態でポスターを作る。僕が、裸の女性が自分の乳房を絞ってミルクを出しカフェオレを作るという絵を作ると『これはおもしろいから使おう』と言って、脇にポンプを挟むような仕掛けを芝居に取り込んでくれた」と当時のエピソードを明かす。

寺山修司直筆による「不思議の国のアリス」をもとにした芝居の構想(2016年11月15日撮影)。(c)MODE PRESS/Yoko Akiyoshi

■笑顔の少女を描かない理由

 宇野が少女像をたくさん描くきっかけになったのも、寺山のアンソロジーの挿絵を手がけたことがきっかけだ。だが笑顔を描くことはあまりない。「モデルや女優がカメラを向けられるとにっこりしているのは儀礼的というか、人工的な感じがする。自然の女性の表情を切り取ったらあまり表情はないんじゃないか」というのがその理由だ。「自分の美しさが相手にどう見えているかということに関心を持たない女性のほうが面白い。とくに少女はそういう感じがする。『大人とは感覚が違う』という意識、そして『どうせ話しても伝わらないだろう』という少しの溝がある」とそのメランコリックな魅力を語る。

 また変化していく外見と内面の関係性にも作家の視線は注がれる。「たとえば女性は鏡に向かうときに、自分の好きなイメージにメイクをもって少しずつ変容していく。内的にも形而上学的にも変容がある。僕たちが外側だけ描いても、それは女性の精神の自画像とはならない。そこが一番面白い」と語る。宇野の描く少女たちのミステリアスな眼差しは、そんなところに由来するのかもしれない。

「造形や印刷において、描写することが好き」と語る宇野亞喜良(2016年11月15日撮影)。(c)MODE PRESS/Yoko Akiyoshi

■もう描けないと思ったことはない

 理想とするのは「リアルな日常から離れた、ちょっと異次元的なところで出来上がるイメージ」だ。そしてその芸術性にも関わらず、宇野はあくまで「画家」ではなく「イラストレーター」を名乗る。「画家と違うところは、仕事が存在するかどうか。画家だと山の中にこもっても絵は描けるけれど、ただ絵を描くだけならイラストレーターの在り方ではない。依頼する人がいてくれれば僕はそれに応えられる自信はある。依頼には制限もあるけれど、それを少し裏切ってなにか僕が見つけたものをやっていきたい」と語る。イラストレーションの先駆者は、数々の伝説を残してなお、引退を考えることはないという。

「相手に『アクチュアルな今の感じがこの人にはないな』と思われたときに仕事が減っていくものだと思う。50年以上やっていて変遷はあるけれど、アイデアが尽きたとか、もう描けないと思ったことは案外ない。手が勝手に描いてくれると楽天的に考えているから、心配しながら人生を過ごしたりはしない」。そう語りながらさらさらと左手で試し描きをする宇野の筆は軽やかで、魔法のような魅力を放っていた。時代と並走し続ける感性は、これからも「女の子の夢とあこがれ」を無限に生み出していくのだろう。

「おやすみなさい」(『おばあさんになった女の子は』より)(c)Aquirax Uno

 今年最後の個展は、12月20日から伊勢丹新宿店本館5階=アートギャラリーで開催される「宇野亞喜良展 絵本の城」。宇野が手掛けた絵本「白猫亭 追憶の多い料理店」(小学館)と「おばあさんになった女の子は」(講談社)の原画、版画などが展示される。宇野の神秘性とロマンにあふれた表現を堪能できる貴重なチャンス。ぜひその魅力的な幻想世界に足を踏み入れてみてほしい。

■関連情報
・マジョリカ マジョルカ 公式HP:https://mj-gift.shiseido.co.jp/
・伊勢丹新宿公式HP:http://isetan.mistore.jp/store/shinjuku/index.html
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