人質と犯人の奇妙な共感、「ストックホルム症候群」事件から40年

08月23日 19:55


1973年8月23日にスウェーデンの首都ストックホルム(Stockholm)のノルマルム広場(Norrmalmstorg)にある信用銀行クレジットバンケン(Kreditbanken)に押し入り、人質をとって5日間たてこもった後に逮捕され、ガスマスクをつけた私服警官に連行されるジャンエリック・オルソン(Jan-Erik Olsson)元受刑者(中央)。(c)AFP/SCANPIX SWEDEN/EGAN-POLISEN


【8月23日 AFP】スウェーデンの銀行強盗立てこもり事件から生まれた「ストックホルム症候群(Stockholm Syndrome)」という言葉は、40年が経った今も人質の心に起こるある現象を説明する際に使われている。  しかし、この現象がどういうものかを正確に知っている男性がいる。ジャンエリック・オルソン(Jan-Erik Olsson)元受刑者は1973年8月23日、スウェーデンの首都ストックホルム(Stockholm)で銀行に入り、サブマシンガンを取り出すと4人の行員を人質にした。その後起こった奇妙なことを今も鮮やかに覚えている。 「人質たちは多かれ少なかれ、私の側に立った。時には警察に私が撃たれないよう、守ってもくれた」。当時、別の事件で投獄され、仮釈放中だったオルソン元受刑者は今では平和的な72歳の男性だ。「人質たちがみんなでトイレを使いに行ったとき、警察はそこに彼らをとどめておきたかったようだが全員、戻って来た」  人質事件として同国で初めて生中継された5日間の立てこもり劇にスウェーデンの人々は釘づけになった。オルソン元受刑者は要求の一つとしてスウェーデン史上、最も有名な銀行強盗クラーク・オロフソン(Clark Olofsson)受刑者(当時)を釈放し、現場に連れて来ることを挙げ、これを警察はのんだ。このときオルソン元受刑者は「さあ、パーティーはこれからだ」という有名なせりふを口にした。  最初は脅されていた人質だが、しばらく経つと恐怖はもっと複雑な感情に変わった。人質の肉声を聞くことができた初めての電話のやりとりで、スウェーデン国民はそのことを知り、衝撃を受けた。電話口に出た女性行員のクリスティン・エンマーク(Kristin Enmark)さんは「クラーク(・オルフソン受刑者)ももう1人の男性もちっとも怖くない。怖いのは警察です。(犯人たちを)私は信頼しています。信じないかもしれませんが、ここでは大変うまくやっています」。オルソンとオロフソンの2人の受刑者は最終的に投降し、人質は全員解放された。しかし、話はここで終わりではない。  この事件以降、人質をとる側と人質にとられる側の役割には、それまでとまったく異なる光が当てられるようになった。  ストックホルム症候群という言葉を生んだ米国の精神科医で、最近米国で発覚した女性3人監禁事件ではアリエル・カストロ(Ariel Castro)被告(53)の裁判で証言も行ったフランク・オッシュバーグ(Frank Ochberg)氏によれば、ストックホルム症候群には3つの要素がある。  第1に人質の側に、人質をとっている人物に対する愛着や、時には愛情さえもが生まれる。第2に今度はそれに報いる形で、人質をとっている側が反対に人質を気遣うようになる。第3に両者がそろって「外界」に対する軽蔑を抱くようになる。  通常、事件は突然起こり、人質は頭で考えるのではなく感覚的に「自分たちは死ぬのだ」と思うところまで恐怖を抱く。「(捕えられた)非常に初期の段階で人質は、話す、動く、トイレを使う、食べるといった自分たちの『能力』を否定される。それからまた、そうした『命の贈り物』を与えられる。するとそれを受け取る際に、幼児のときに母親の近くにいたときのような感覚を抱く」のだという。  40年前には銀行強盗だったオルソン氏は1980年に出所して以来、スウェーデンでの自動車販売の仕事を経て、タイに15年間住み、農業にも従事した。タイ人の女性との結婚生活は24年目になる。「(銀行強盗を)やっていなかったら、とは考えない。私の人生の大きな一部だし、あの事件の後に色々なことが起こったからだ」。事件当時の人質2人が訪ねてきたこともあったが、刑務所の中で過ごした年月だけは後悔しているという。 「ストックホルム症候群」と呼ばれる状況が実際にあると思うかと尋ねると「そもそも症候群って何?そんなものは知らないね」という言葉が返って来た。(c)AFP/Sören BILLING