■「ポンペイ」に似た遺跡

数時間にわたり湖底をくまなく探したダイバーたちは、成果物である動物の骨や陶器の破片を手に陸地へ戻った。

調査隊のダイバー兼研究補助員、ビクトル・ポズドニャコフさん(22)は「見つかった骨を調べれば、動物の食性や骨の年代、当時この地域に住んでいた人々の食生活を知ることができる」と話し、また「陶器を分析することで、出土品の年代をより正確に推定できる。また、陶器の産地や製法も明らかにできる」と続けた。

持ち帰られた出土品は、慎重に保存、分類、記録される。

その中には「トゥバク」と呼ばれる子ども用のおまるもあった。

メンシコフ氏は「これは現在でも中央アジアやコーカサス地方で使われている」と語り、当時の都市生活を知る手掛かりだと指摘した。

遺跡は19世紀から研究者に知られていたものの、ロシアとキルギスの調査隊による体系的な探査が行われるようになったのは近年のことだ。

研究者らは、今回の調査によって中央アジアの歴史の解明が進むことを期待している。

メンシコフ氏は、紀元79年のベスビオ山の噴火で埋もれたイタリア・ナポリ近郊の古代ローマ都市の遺跡を引き合いに出し、「この調査はポンペイの研究に例えられる」と語った。「そこには高度に発達した文明と文化が存在していた。しかし一瞬にして、自然がそのすべてを破壊してしまったのだ」と同氏は続けている。

都市がイシククル湖に沈んだ原因は、今も謎に包まれたままだ。

地滑りによって集落が湖底に沈んだとする説や、地震などによって生じた地殻変動で湖水が自然にせき止められ、水位が徐々に上昇して水没したとする説もあるが、ロシア科学アカデミーの地質学者アンドレイ・ストレリニコフ氏は、過去に発生した地震災害が原因だった可能性が高いとの見方を示している。(c)AFP/Adina ZHOROBEKOVA