湖底に眠るシルクロードの都市、失われた歴史を解き明かす鍵に キルギス
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【10月25日 AFP】朝日が昇り始めたばかりの時間帯。ダイバーのエリザベータ・ボドロワさん(42)は、キルギスのイシククル湖の冷たい水に飛び込もうと意気込んでいた。湖底には、かつて繁栄した都市の遺跡が数百年にわたり水没したまま眠っている。
中国と欧州を結んだ古代の交易路沿いに位置していたこの都市については、キルギス最大の湖に沈んだ経緯も含め、ほとんど分かっていない。都市は約800年前に水没したとされる。
ボドロワさんは約20人の科学者らと共に、都市の歴史を解き明かす調査に参加している。その成果は、中央アジアや周辺地域の歴史に対する理解を変える可能性がある。
ボランティアのダイバー、ボドロワさんは「今日は水中の視界があまり良くないけれど、それでも集落の境界を見つけられたらいいですね」と笑顔でAFPに語り、モーターボートから湖に飛び込んだ。
ロシア科学アカデミーの資金提供を受けて2024年に始まった今回の調査は、19世紀に遺跡が再発見されて以来、初めての大規模な探査となる。
■歴史の「空白地帯」
この集落は、かつてシルクロードの中心部に位置していた。シルクロードは紀元前2世紀から15世紀半ばまで、中国と地中海地域を結んだ交易路だった。
現在のキルギスは遊牧民と結び付けて語られることが多いが、歴史上、さまざまな文明が栄えてきた。欧州と中国の間で交易を行ったテュルク系王朝もその一つだ。
調査隊を率いるマクシム・メンシコフ氏は、ボートを操縦しながら「中央アジアのまさに中心にありながら、歴史の空白地帯となっている」と遺跡について語った。
「中世に東洋と西洋を結んだ時代のことであり、人類史において非常に重要な一章だ。シルクロードは単に一つの地域の歴史ではなく、ユーラシア全体の歴史なのだ」と続けた。
集落が存在した当時、この地域を通るシルクロードの一部は、9世紀から13世紀初頭にかけて中央アジアの広い範囲を支配したテュルク系王朝、カラハン朝の支配下にあったと考えられている。
都市の名前や人口は分かっていないが、研究者らは最大で約5平方キロに広がっていた可能性があるとみている。
遺構の年代を正確に特定するのは難しい。ただ、遺跡で見つかった2か所の墓地は、この地域でイスラム教が広まり始めた時期に造られたとみられている。
発見された遺構には装飾が施された公共建築物もあり、モスクや公衆浴場、宗教学校だった可能性が指摘されている。