5000ドルの苗木が大きな森に 国境を越えて緑を守る人びと
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【10月5日 東方新報】2026年8月23日、中国・内モンゴル自治区(Inner Mongolia Autonomous Region)オルドス市(Ordos)のオルドス・エジンホロ国際空港(Ordos Ejin Horo International Airport)で、砂漠化防止に長年取り組んできた殷玉珍(Yun Yizhen)さんは、米国の友人ロナルド・サコルスキーさんと26年ぶりの再会を果たした。2人は涙を浮かべながら固く抱き合った。国境を越えた友情をつないできたのは、「緑」への思いだった。
2人の交流は1999年に始まった。米国の教師だったサコルスキーさんは、教師交流プログラムで中国を訪れた際、ニュースで殷さんがムウス砂漠の緑化に取り組んでいることを知った。米国の複数の団体に働きかけて5000ドル(約79万8950円)の寄付金を集め、殷さん夫妻の植林活動を支援。翌年には自ら現地を訪れ、一緒に木を植えた。別れ際、2人は「木が大きくなったら、また会おう」と約束した。
当時5000ドルで購入した苗木は、その後5万本の木々へと広がった。政府の取り組みと殷さんら地元住民の活動により、この40年間で殷さんの自宅周辺にある7万ムー(約4667ヘクタール)余りの砂地が整備され、800万本を超える木が植えられた。現在、オルドス市ウーシン旗のムウス砂地では約839万ムー(約56万ヘクタール)で砂漠化対策が進み、整備率は85%、森林率は32.92%に達している。
殷さんの活動は海外の人びとにも影響を与えてきた。2005年、韓国KBSテレビが殷さんの活動を紹介するドキュメンタリーを放送すると、ソウルの趙三奎(チョ・サムギュ)さん一家は感銘を受け、翌年、中国を訪れてムウス砂地に4本のモンゴリマツを植えた。
2014年には、米国のドナルド・アシュトン・ジョーンズさんもドキュメンタリーを見て殷さんの活動を知った。翌年に仕事を辞めて現地を訪れ、その後11年間で約2000本を植樹。殷さんは彼に「殷一凡(Yin Yifan)」という中国名を贈った。今年は日本など各国の若者約120人もムウス砂地を訪れ、殷さんの指導を受けながら植樹を行った。
日本との交流も長い。オルドス市のクブチ砂漠にある恩格貝では、日本人農学者の遠山正瑛(Seiei Toyama)氏が1980年代から約30年にわたり砂漠緑化に取り組んだ。その活動に影響を受け、子や孫の世代を含む延べ7300人以上の日本人ボランティアが現地を訪れ、約300万本を植樹。4万ムー(約2667ヘクタール)の砂地を緑に変えた。
中国では、砂漠化防止の技術も進化している。寧夏回族自治区(Ningxia Hui Autonomous Region)呉忠市(Wuzhong)塩池県では、麦わらなどを1メートル四方の格子状に設置して流砂を固定し、乾燥に強い植物を組み合わせる方法を導入。これまでに200万ムー(約13万3000ヘクタール)を超える砂漠化した土地が整備され、150万ムー(約10万ヘクタール)の劣化した草原が再生した。
新疆ウイグル自治区(Xinjiang Uighur Autonomous Region)ホータン地区では、北斗衛星測位システムを搭載した機械を植林に活用している。植樹機1台と作業員2人で、苗木1本を約5秒で植えることができ、1日当たり約1万3000本の植樹が可能になった。
砂漠化との闘いは世代を超えて受け継がれている。甘粛省(Gansu)武威市(Wuwei)の八歩沙林場では、1981年に郭朝明(Guo Chaoming)さんら6人の住民がシャベルや麦わらを手に植林を始めた。その後、次の世代が新たな防砂技術を取り入れ、現在ではドローンやスマート灌漑も活用している。これまでに約33万8200ムー(約2万2500ヘクタール)で砂漠化対策と植林を行い、植生被覆率はかつての3%未満から70%以上に上昇した。
今年8月15日には「中華人民共和国生態環境法典」が施行され、長年にわたる砂漠化防止や「三北」防護林プロジェクトの経験が法制度に反映された。砂漠生態系についても、森林や草原、湿地などと同様に重要な生態系として保護することが明確にされた。
中国の砂漠化防止の経験は海外にも広がっている。モンゴル国では中国の専門家が「10億本の植樹」計画に参加し、サウジアラビアでは太陽光発電と砂漠化対策を組み合わせた取り組みが活用されている。アフリカでも、中国の「三北」プロジェクトで培われた経験が「グレート・グリーン・ウォール(緑の長城)」構想に生かされている。
一本の苗木から始まった緑への思いは、世代をつなぎ、国境を越えながら広がり続けている。(c)東方新報/AFPBB News