香港に残る手刺繍の靴 3代にわたり受け継ぐ職人技
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【10月1日 東方新報】香港・九龍のにぎやかな街角に、香港で唯一残る全工程手作りの刺繍靴専門店「先達商店」がある。店内では、3代目の王嘉琳(Miru Wong)さんが針を動かし、伝統的な技法で生き生きとした刺繍模様を描き出している。
1958年、王さんの祖父、王達栄さんが彌敦道(ネイザンロード)の階段下に小さな露店を構えたのが店の始まりだった。一針一針、手仕事を重ねながら家業を築き、2011年に現在の場所へ移転。その後も繁華街で営業を続けている。
王さんは幼いころから布の切れ端に囲まれ、刺繍の材料に親しみながら育った。大学でデザインを学ぶ中、昔ながらの刺繍靴はデザインが時代に合わなくなり、履く場面も限られることから、人びとの日常生活から次第に姿を消していることに気づいた。卒業後、店を継ぐことを決意し、伝統的な刺繍靴を現代に生かす新たな道を模索し始めた。
王さんによると、伝統的な刺繍靴作りは「半分が刺繍、半分が靴作り」だという。表の顔となるのが刺繍だ。絹糸だけでなく、ビーズやスパンコールも使う。サテンステッチやバックステッチ、フレンチノットなど、一見するとシンプルな縫い方も、職人の指先によって多彩な表現に変わる。
先代から受け継がれてきたカニの爪のような花びらを持つ菊や金魚、牡丹などの文様には、それぞれ意味がある。文様によってふさわしい場面も異なり、一針一針に伝統的な作法が込められている。
一方、靴作りは見えない部分を支える仕事だ。刺繍を施した表地をフェルトや靴底など何層もの素材と貼り合わせ、縫製した後、加熱して形を整える。「手作りだからこそ生まれる温かみは、機械による大量生産では再現できません」伝統技法を守る一方、王さんは従来のスタイルにとらわれない商品作りにも取り組んでいる。
先代では赤や紫など鮮やかな色使いが一般的だったが、王さんは淡い色合いのデニム生地を採用。かつて主流だったフラットシューズやスリッパだけでなく、ウエディングドレスに合わせるポインテッドトゥのハイヒールや、普段使いできるオープントゥ、ビーチサンダル型なども開発した。
刺繍のデザインも、従来は花や縁起の良い動物が中心だったが、王さんはオリジナルのパンダ柄など、新しいモチーフを取り入れている。しかし近年、時代の変化とともに、深水埗(シャムスイポー)では老舗の生地店が相次いで閉店。祖父の代から数十年にわたり取引してきた仕入れ先も、ほとんど残っていない。
さらに、王さんがデザインした特徴的なパンダ柄の刺繍靴も、機械刺繍による模倣品が市場に大量に出回るようになった。祖父の時代のように多くの弟子を抱えて大量に靴を作ることもなくなり、現在、王さんのもとで働く弟子はパートタイムの5人だけだ。
それでも王さんは、「老舗にとって最も大切なのは、商品を絶えず進化させることです」と話す。時代の流れを捉えながら、技術を大切に受け継いでくれる人へ渡していくことが、店を長く続けるために欠かせないと考えている。
王さんはやがて、インターネットも自分が使えるもう一つの「刺繍枠」だと考えるようになった。SNSで日々のコーディネートを紹介したり、刺繍文様に込められた意味を解説したりするようになり、これまでに投稿した記事は数千件に上る。
発信を続けるうちに、昔からの客が店を探して訪れるようになり、観光客も評判を聞いて足を運ぶようになった。欧米など遠く離れた地域からも、オンラインで商品を選び、注文する客が増えている。
先達商店には、一冊の本が長年置かれている。ページはすでに少し黄ばんでいるが、王さんが大学時代にまとめた研究成果だ。本には刺繍靴の歴史や文様についての解説とともに、「先達商店」が歩んできた時代の記録も収められている。後に続く人たちの参考になる資料を残したいとの思いから作ったものだ。
「靴のデザインを見れば、それがどの時代のものか一目で分かります。刺繍靴にも、もう一度『今の時代』を映す特徴を持たせたいと思っています」
そう語ると、王さんは再び手元に目を落とした。金色の絹糸が刺繍面を行き交い、一針、また一針と模様を描いていく。(c)東方新報/AFPBB News