【7月6日 CNS】メキシコシティーのアステカ・スタジアム(Azteca Stadium)では、8万人を超える観客の歓声が響き渡る。その一方で控室では、コーチ陣がタブレット端末を前にAIへ問いかける。「相手の3バックをどう崩すべきか」。数秒後、AIは過去の試合映像や戦術データを分析し、3Dの仮想選手を用いたシミュレーション結果を提示する。

これは映画のワンシーンではない。現地時間6月11日、サッカーW杯北中米大会(2026 World Cup)開幕戦のメキシコ対南アフリカ戦を前に実際に行われていた光景だ。

今大会の大きな特徴は、AIが大会運営に深く関わっていることにある。審判の判定支援、観戦体験の向上、試合運営、さらには選手管理までAIが活用されており、「初のAIワールドカップ」と呼ぶ関係者も少なくない。

これは国際サッカー連盟(FIFA)が進めてきた方針でもある。FIFAの「グローバルフットボール戦略目標2023~2027」では、AI技術の活用が重要な目標の一つに位置付けられている。

今大会では、中国企業と共同開発した「Football AI Pro」が導入された。生成AIを活用した戦術分析システムで、2000以上の指標と数百万件のデータを分析し、短時間で戦術上の示唆をコーチ陣に提供する。

FIFAのジャンニ・インファンティーノ(Gianni Infantino)会長は、「すべての出場チームに最も充実したサッカーデータ分析を提供し、データ活用の民主化を実現する」と述べている。

このシステムは48の出場チームが平等に利用できるほか、AIツールは観戦するファン向けにも提供されている。AI活用の効果を示す象徴的な場面も生まれている。開幕戦の前半9分、メキシコが今大会第1号ゴールを決めた際、中継映像は直ちに主審の視点映像へ切り替わった。視聴者はまるでピッチ上に立っているかのような臨場感で歴史的瞬間を体験した。報道によると、AIで最適化された高画質の主審一人称映像が常時導入されたのはW杯史上初めてという。

さらに6月16日に米カンザスシティーで行われたアルゼンチン対アルジェリア戦では、リオネル・メッシ(Lionel Messi)のゴールがオフサイド判定で取り消された。副審の判定後、デジタルヒューマンを用いたオフサイド判定システムが検証を行い、主審が得点無効を宣告した。

この判定を支えたのが、AIを活用した3Dデジタル可視化技術だ。選手の体格や姿勢、動きを立体的に再現し、これまで「髪の毛1本分」とも揶揄された微妙なオフサイド判定を現実のものにしている。

こうしたAIの活躍は審判判定だけにとどまらない。トレーニング現場や医療分野でも活用が進んでいる。現在、多くのプロチームは選手の走行距離、高速スプリント回数、心拍数、疲労状態などのデータを継続的に収集し、過去の負傷歴と合わせてAIがケガのリスクを分析している。

つまり、ある選手が次の試合に出場するかどうかの判断にも、AIによる分析結果が大きく影響する時代になりつつある。AIによる試合結果予測、仮想観客システム、さらにはセンサーを内蔵したボールなど、AIはサッカーのあらゆる場面に浸透し始めている。

専門誌「AI Magazine」は、現代サッカーが大規模なデジタル化の過程にあり、AIが競技の中核を担う存在になりつつある一方で、「デジタル格差」が新たな課題になる可能性を指摘している。

資金力のある強豪クラブや代表チームは最先端技術を導入できる一方、資源の限られたチームは従来型の方法で戦わざるを得ないからだ。サッカー界のレジェンド、デビッド・ベッカム(David Beckham)氏も開幕前夜のイベントで「テクノロジーはサッカーを支えるべきであり、その魅力を奪うものであってはならない」と語った。

AIの導入によって競技はより精密で効率的になる。しかし懸念されるのは判定の精度ではなく、直感や情熱によって生まれるサッカー本来のドラマが、いつかアルゴリズムによって薄められてしまうことかもしれない。(c)CNS-三里河中国経済観察/JCM/AFPBB News