「コンビニの父」鈴木敏文氏は中国に何を残したのか
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【6月5日 東方新報】日本メディアは5月25日、セブン&アイ・ホールディングス(Seven and i Holdings)前会長で名誉顧問の鈴木敏文(Toshihumi Suzuki)氏が5月18日に死去したと報じた。享年93歳。鈴木氏は「コンビニの父」と呼ばれる人物で、日本のコンビニ文化を築き上げた立役者として知られる。
コンビニはもともと米国発祥の業態だった。鈴木氏は1970年代、イトーヨーカ堂(Ito Yokado)在籍時に米国でセブン-イレブンのモデルを視察し、日本へ導入した。ただ、単なる模倣ではなかった。24時間営業、高密度出店、単品管理、高頻度配送などを組み合わせ、日本独自の精密なコンビニシステムへと進化させた。
その後、このモデルは中国にも大きな影響を与えた。
1990年代、中国は急速な経済成長を遂げていたが、物流や小売システムはまだ発展途上だった。当時、中国政府は伊藤忠商事(ITOCHU)を通じてセブン-イレブン(7-Eleven)の中国進出を後押ししたが、まず先に展開されたのは大型スーパーのイトーヨーカ堂だった。1997年には四川省(Sichuan)成都市(Chengdu)に1号店、1998年には北京市に「華堂商場」が開業した。
鈴木氏もたびたび中国を訪れ、当時の李嵐清(Li Lanqing)副総理らと交流を重ねた。イトーヨーカ堂は大量の現地社員を採用し、中国市場に合わせた運営を進め、中国で最も現地化に成功した外資系小売企業の一つと評価された。
2004年、中国初のセブン-イレブンが北京に開業すると、市民が長蛇の列を作り、数日間は入場制限が行われたという。現在、中国本土のセブン-イレブン店舗数は5000店を超え、美宜佳(Meiyijia)など中国ブランドを含めたコンビニ全体では20万店以上に達している。
鈴木氏が中国の小売業界にもたらした最大の影響は、「コンビニ」という店舗形態そのものだけではない。その一つが「単品管理」の考え方だ。コンビニは大型スーパーより価格面で不利なため、一つひとつの商品と消費シーンを細かく分析し、「多少高くても便利だから買う」という価値を提供する必要がある。現在、中国の多くのチェーン小売企業でも、この発想が取り入れられている。
さらに、現代小売業で重要とされるサプライチェーン管理や支払いサイトの仕組みも、中国で本格的に広がるきっかけとなった。コンビニは、まず商品を仕入れて販売し、一定期間後にまとめて代金を支払う。この効率的な仕組みを、中国市場で体系化・高度化した存在の一つがセブン-イレブンだった。
一方で、中国市場に入った日系コンビニも、現地の消費者ニーズに合わせて変化していった。セブン-イレブンは中国進出後、北京の利用者の食習慣に合わせ、一部の弁当や総菜を店内調理・販売に切り替えた。日本式の運営ノウハウを持ち込みながらも、中国の市場環境に合わせて柔軟に調整していった点に、同社の現地化の特徴がある。
米国から日本へ、そして中国へ――。コンビニという業態は各国で形を変えながら広がってきた。現在もセブン-イレブンは世界最大のコンビニブランドであり続けているが、その背後には、鈴木敏文氏が築いた小売哲学が色濃く残っている。(c)東方新報/AFPBB News