【2月6日 AFP】ナイジェリア西部クワラ州にあるイスラム教徒が多数を占める小さな村、ウォロの伝統的指導者(首長、チーフ)であるウマル・ビオ・サリフ氏(53)が5日、AFPのインタビューに応じ、3日夜の「ジハード(聖戦)」遂行を主張するイスラム過激派による襲撃について語った。

この襲撃では村人162人が死亡。今も遺体の捜索が続いている。

ひどく動揺したサリフ氏は、イスラム過激派に息子2人を殺害され、妻と娘3人を拉致された恐怖の夜を振り返った。

「午後5時ごろ、イスラム過激派が突然侵入してきて発砲し始めた」「通りに面した商店はすべて焼き払われた。家ごと焼き殺された人もいる」と語った。

サリフ氏は家の中に隠れてやり過ごした後、隣町カイアマに避難した。

襲撃は午前3時まで約10時間続いたという。

「夜が明けて村に戻ると、死屍累々だった」とサリフ氏は語った。

■「イスラム過激派のイデオロギーには従いたくない」

AFP記者たちがウォロ村を訪れると、遺体を捜索・埋葬している数人の男性以外に人影はなかった。

村の大部分は焦土と化し、未舗装の道路には焼け落ちた車の残骸が散乱していた。

村人のムハンマド・アブドゥルカリムさん(60)は、道路脇に立っていた時、軍隊らしき集団が近づいてくるのを見たという。

だが、間もなく軍隊ではなく重武装した犯罪組織「盗賊団(バンディッツ)」だと気づいたという。

「やつらは村人を追いかけは捕まえ、背中合わせに縛り始めた」「パパパパパパパパパパパパという音しか聞こえなかった。やつらは村人の頭を撃っているんだ」とアブドゥルカリムさんは語った。

アブドゥルカリムさんはこの襲撃で家族12人を失い、2歳の息子を拉致されたという。

人口数千人のウォロ村は、イスラム過激派やバンディッツの根城として知られる森林地帯の近くに位置している。

サリフ氏は、村人のほとんどはイスラム教徒だが、イスラム過激派とは関わりたくないと思っていると語った。

「村人はイスラム過激派のイデオロギーには従いたくないのだ」と説明した。

あるイスラム過激派がウォロ村に説教しに行くと手紙で予告してきたが、誰も来なかったという。

サリフ氏は地元の治安当局に通報した。

「彼らはそのことに怒り、村人を殺害することになったのだと思う」とサリフ氏は付け加えた。

クワラ州知事は、この襲撃による死者は75人だと発表した。

だが、村人たちは165人以上の遺体を埋葬したと報告している。

カイアマのサイドゥ・ババ・アハメド議員によると、イスラム過激派はさらに38人を拉致した。そのほとんどは女性と子どもだった。

■「残忍な攻撃」

ナイジェリアのボラ・ティヌブ大統領は、この「残忍な攻撃」を「ボコ・ハラム」のしわざだと非難し、現地に1個大隊を派遣した。ボコ・ハラムという言葉は、ナイジェリアではイスラム過激派の総称として使われることが多い。

クワラ州は、ナイジェリア北西部からさらに南へと勢力範囲を広げているバンディッツやイスラム過激派による暴力に見舞われている。

昨年10月には、国際テロ組織「アルカイダ」系組織「イスラム・ムスリムの支援団(JNIM)」がクワラ州でナイジェリア国内への初の攻撃を実施したとの犯行声明を出した。

一方、ナイジェリア北東部では、ボコ・ハラムと同組織から分派した「イスラム国西アフリカ州(ISWAP)」による長期にわたる抗争が続いている。

ナイジェリアは、キリスト教徒が多数派を占める南部とイスラム教徒が多数派を占める北部に大きく分断されている。

国連のアントニオ・グテレス事務総長は、ウォロでの虐殺を「テロ攻撃」と非難し、加害者を裁きにかけるよう求めた。(c)AFP