【1月12日 CNS】歴史はときに、似た節目を選びながらも、異なる時代の転換点を刻む。1978年12月18日、第11期三中全会が開かれ、中国の改革開放が本格的に動き出した。そして47年後の同じ日、海南自由貿易港は「全島封関」を正式に始動させた。南シナ海に面したこの地で、新たな時代の「開放」の物語が始まろうとしている。

二つの「12月18日」は、ほぼ半世紀を隔てた歴史のバトンの受け渡しでもある。改革開放から、ルールや制度を軸にした制度型開放へ。海南自由貿易港はその大きな転換の最前線に立つ。今回の封関は、新時代における改革開放を揺るがず継承しながら、開放の道をさらに広げるための重要な一歩だ。

ただし、封関は「島を閉ざすこと」ではない。「封関」は税関用語で、主にモノの管理を高度化する措置であり、人の移動への影響は大きくない。一般の観光客にとって、海南旅行に追加の証明書類が必要になるわけではなく、封関前後で旅行の体験が大きく変わることもない。

制度の柱となるのは、「一線(海外との境界)」は開放し、「二線(中国本土との境界)」は管理を強化するという枠組みだ。そのうえで島内は自由を基本とした、自由化・利便化の制度を整える。企業や個人、地域の発展にとって、これまでにないメリットをもたらす仕組みとされる。例えば、全島封関の実施後は、8か所の「一線」港で国際通関の迅速化を図り、10か所の「二線」港では本土市場の安全確保に向けた管理が求められる。

海南省(Hainan)では今年9月から、10か所の「二線」港で試験運用を正式に開始した。12月2日から10日には、封関前の負荷テストの成果を検証する第3回評価を実施し、12月16日には「海南省人民政府による海南自由貿易港の全島封関正式始動に関する通告」を発表した。改革の突破から、いわゆる「深水区(難易度の高い領域)」での挑戦へと進む中で、海南が周到に準備を進めてきたことがうかがえる。

本質的には、海南自由貿易港の封関は、より高い水準で改革開放を推し進めるための戦略的な布石でもある。国内と国際という二つの市場、二つの資源を結ぶという独自の立ち位置こそが、海南自由貿易港の特別な価値だ。国際的な商品・資本・人材が中国市場へ入る入口であると同時に、中国企業が海外へ展開するための拠点にもなる。

封関のメリットは税制面に色濃く表れるが、それだけにとどまらない。封関後は「ゼロ関税・低税率・簡素な税制」が全面的に実施され、約74%の商品税目がゼロ関税の対象になる。医薬品や高級食品加工などの重点産業も含まれ、優遇対象は、実際に輸入需要のある全島の企業・事業体へと拡大される。同時に「ダブル15%」の税制優遇も導入され、条件を満たす企業と中核人材の所得税はいずれも15%で課税される。企業と人材を呼び込む強力な仕組みとして期待されている。

海南自由貿易港の使命は、単なる地域の自由貿易港づくりにとどまらない。現在、中国の対外開放は、商品や生産要素の移動を中心とする段階から、ルール・規制・管理・標準などを重視する制度型開放へと移行しつつある。開放の幅と深さは拡大を続けており、その狙いは単なる「政策上の優遇地」をつくることではなく、国際的に通用するルールと整合する制度を構築することにある。

全国初の越境サービス貿易のネガティブリストや、「一線開放、二線管理」に基づく税関監督の仕組みの刷新など、多くの改革が進められてきた。中央の制度設計のもとで、海南省は試行錯誤を重ねながら改革に挑み続けてきた。統計によれば、自由貿易港政策の実施以降、海南省の実際の外資利用額は1025億元(約2兆2777億円)に達し、年平均14.6%増となった。対外直接投資は97.8億ドル(約1兆5223億円)で年平均97%増、新設の外資企業は8098社で年平均43.7%増となっている。

南シナ海のほとりで、多くの船が行き交う。中国という巨大市場を背に、西部陸海新通道の海運ハブや、太平洋・インド洋に面した航空ゲートウェイの形成を進めることで、海南の地理的優位はサプライチェーンの要所としての価値へと転化しつつある。「春天の物語」から「海南の章」へ。開放の精神は一貫しているが、その語りはすでに新たな段階へと進んだ。

この一見「偶然」に見える一致は、実は揺るぎない宣言でもある。中国の開放の扉は閉じない。むしろ、さらに大きく開かれていく。(c)CNS-三里河中国経済観察/JCM/AFPBB News