人口約14億人と、昨年中国を上回って世界最多になったと報じられるインド(*1)。その農地面積は国土の4割におよぶ約1億7000万ヘクタールで、米国を上回り世界第1位だ(*2)。

 これほど豊かな農地を持つインドでは、農業に従事する人の数が2億人を超え(*3)、全労働人口に占める農業従事者の割合も55パーセントだと言われている(*3)。そのため、政府にとっても農業関連の政策は極めて重要な意味を持つ。農村部の開発や農村部住民の所得問題等を重要な政策課題とし、「国家農業政策」や「国家農業者政策」を打ち出して、農業従事者の所得向上などを図ってきた。

 一方で、農業に従事する人の8割以上が耕作面積の小さい小規模農家とも言われている。例えば、一経営体あたりの耕作面積は、大規模かつ効率経営が進んでいる米国が平均で180ヘクタール、日本が3ヘクタール(*4)であるのに対し、インドはわずか1ヘクタール(*5)。加えて、広大な土地に無数の耕作地と農家が点在し、作物も種類がバラバラで効率性と生産性が低いため、せっかくの農業政策も農業従事者の所得向上に直結してこなかった。

 生産効率が上がらない原因の一つが、営農・投資などの支援や農業技術に関する情報の発信元が中央政府や複数の省庁、あるいは地方政府と多岐にわたっていることだ。そのため、農業従事者が自分に適した情報になかなかたどり着くことができず、情報の入手や判断に遅れや漏れが生じてしまう。

 ICT活用によって情報の入手を容易にすれば、農業従事者の生産性も向上するのではないか。それによって国内外からの投資を呼び込むこともでき、ひいてはインド農業をサステナブルに活性化できるのではないか――。そんな画期的な取り組みがすでに始まっている。

スパイス産業での実績で「農業投資統合ポータル」開発のパートナーに指名

 端緒となったのは、ビル&メリンダ・ゲイツ財団(以下、ゲイツ財団)の取り組み。病気や貧困を撲滅するための挑戦を世界中で続けており、農業開発もその取り組みの一つだ。多くの国民の生活を改善する効果的な手段と考え、インド農業に対しても多額の支援を実施していた。

 ゲイツ財団がインド政府の農業・農民福祉省(MOAFW)と協力し、新たに取り組むことにしたのが「クリシ・ニヴェシュ・ポータル」と呼ばれる農業投資統合ポータルの開発である。

インドのナレンドラ・シン・トーマル インド農業・農民福祉相(左奥)と、メリンダ・フレンチ・ゲイツ ビル&メリンダ・ゲイツ財団共同創業者・共同議長(中央)。ゲイツ氏のX(旧Twitter)より 

 その開発プロジェクトの技術パートナーとして白羽の矢が立ったのがNECだった。

 NECはすでにインドのスパイス産業において画期的な実績があったのだが(詳細は後述)、その実績がゲイツ財団の目に留まり、農業投資統合ポータル開発プロジェクトのパートナーシップ企業として指名されたのである。

 では、今回のプロジェクトとはどのようなものなのか。

 インド農業が抱えている課題については冒頭で触れたが、具体的には以下の点を解決する必要があった。

 まず、農業従事者や投資家がそれぞれ必要とするスキーム(事業計画)の情報を入手するのに工数がかかったという点だ。営農や農業技術、あるいは融資制度などの情報について、政府機関や複数の省庁、部門がそれぞれ個別のシステムを導入しているため、ユーザーは自分が必要な情報を得るために複数の情報源にあたり、いくつもの資料に目を通さなければならなかった。

 次に、必要な情報にたどり着けても、他省庁や他部門の情報と照らし合わせなければ、実際に利用できるか確認できない点だ。これでは時間と労力がかかりすぎ、せっかく用意された制度や情報を利用できないケースもあった。

 さらに、融資制度の申請手続きが各省庁、各部門にまたがっているなど煩雑で、実行までの進捗スピードが遅い点だ。結局必要な支援を受けるタイミングを逸してしまうこともあった。

 こうした課題をクリアするため、農業に関わるすべての関係者が活用でき、農業に関するあらゆる情報が一元化された見やすい「統合プラットフォーム」を開発する必要があった。つまり、一つのポータルサイトですべての情報を入手できるようにするのである。

8か月かけて構築されたプラットフォーム

 すべての情報が集約された使いやすいポータルサイトを作るというこのプロジェクトは、2022年12月にスタートした。多くの省庁や部門にまたがっていた各種の情報を整理、一元管理でき、分かりやすく可視化できる統合プラットフォームの構築は、一朝一夕になし得る作業ではなかったが、技術者たちの試行錯誤の末に8か月の月日を経て完成し、まもなくローンチされる。精度や利便性が高く、期待が寄せられている。

 サイトのホーム画面には、関係する「省庁」や「スキーム」「(融資受付の)金融機関」「プロジェクト」などのさまざまなアクセス先がリアルタイムの件数と共に表示されている。クリックするとそれぞれのページに遷移し、詳細な説明が表示される。融資は申請まで行える仕組みで、各省庁や金融機関など個別の組織に直接コンタクトできるシステムも整っている。

ポータルのトップ画面
チャットボットでリアルタイムに疑問を解消できる

 また、複数のデータソースやレポートを数値やグラフ、チャートなどで視覚化したダッシュボードも備えられている他、あらゆる関係者がリアルタイムに現状を把握でき、継続的な活用やより良い制度設計のための意思決定につなげられる。

ダッシュボードであらゆるデータも可視化される

 この一元化された「統合プラットフォーム」によって、利用者の情報収集や申請などの工数が大幅に削減されることで生産性が向上し、それによって投資も促進されることになる。最終的には農業従事者の収入も向上することで暮らしが豊かになり、インドの農業活性化につながるため、これからの活用が期待される。

持続可能な社会実現へのチャレンジ

 前述した通り、今回のプロジェクトはNECのインド・スパイス産業の取り組み実績が評価されてのスタートだった。

 このスパイス産業の取り組みとは、世界最先端のブロックチェーン技術を活用し、スパイスの生産、処理、加工、流通、販売といったバリューチェーンの各段階での情報を追跡・蓄積するというものだ。バリューチェーン全体の透明性を高め、消費者の信頼を獲得し、世界市場でのインド産業の競争力を高めることを目指すこのプロジェクトは、生産農家の情報格差を改善し、貧しい小規模農家の収益向上に寄与している。

 また、今回のプロジェクトと同様にICT技術を活用した農業ICTプラットフォーム「CropScope」も、高い評価を受けた取り組みの一つである。これは、さまざまな営農用のセンサーや衛星写真を活用することで農産物の生育状況や農園の環境を可視化するサービスと、AIを活用した営農アドバイスを行うサービスで構成されている。熟練者のノウハウを習得したAIが水や肥料の最適な量と投入時期を指示するため、農業従事者の技術の巧拙に関わらず安定した収穫と栽培コストの低減が期待でき、地球環境に優しい農業を実践できる。このサービスはすでにインド以外でもオーストラリアやブラジル、ベトナム、コロンビアなど世界11か国で実証され、トマトやジャガイモ、トウモロコシ、小麦やスパイス、大豆など多品種で結果を出している。

「CropScope」のイメージ図

 それだけに、今回のプロジェクトにはインド政府や農業従事者といった関係者からも熱い期待が寄せられており、NECの現地担当者の意気込みも強い。

Solution Factory of GDC in NEC India
(左から)Varun Malik, Ankur Johri, Ashish Jain, Shruti Shankar

「私たちは、ゲイツ財団の技術パートナーに選ばれたこと、そしてこの重要な挑戦に共に貢献できることを誇りに思います。より包括的で機能的なポータルに向けたさらなる発展のため、より一層の努力をしていきます」

サミュエル・プラヴィーン・クマール
インド農業省農業・農民福祉局 局長
 (Extension, AIF and I&PS)

「クリシ・ニヴェシュ・ポータルは、すべての農業投資家が農業に関するさまざまな政府制度が活用することが出来るように、統合されたプラットフォームとして開発されました。
私たちは、このプラットフォームにより、農業投資家がさまざまなインセンティブを最大限に活用し、恩恵を受けることができるようになると考えています。
このプラットフォームは、農業・農民福祉省、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、インベスト・インディア間の共創プロジェクトであり、NECは技術開発を行っています」

「農業投資の活性化により農業セクターを支援・拡大していくという、サステナブルで非常に意義の大きいプロジェクトです。一時的な金銭援助ではなく、真の意味で農業に携わる人々を支えることができる、その実現にICTが一役買っていることがうれしいです。このようなソリューションを、NECインド社の技術力と機動力をもってさらにインド国内外に展開していきたいです」(NEC グローバル事業推進統括部 原実穂 写真右側)

「農業はなかなかICTが活用されてこなかった領域でしたが、とはいえ営農支援に関してはICTがフィットするはずだと確信していました。私自身何年も前に試行錯誤のプロジェクトに関わっていまして、それが数年の月日を経てやっとNECインド社と共に実現できることになったことは感慨深いです。技術力だけではなく、潜在的な課題は何なのか、自らの力を開拓していくという現場の力を後押しするのはどういうことか、ということをよく見極められたこその成果だと思います」(NEC グローバル事業推進統括部 鈴木聡子 写真左側)

 インドでの実績を踏まえ、将来的には前述の「CropScope」同様、世界各地でこの農業投資統合ポータルの取り組みを広げたいという。それこそが、安全・安心・公平・効率という社会価値を創造し、誰もが人間性を十分に発揮できる持続可能な社会の実現を目指すNECのチャレンジなのだ。

SDGs達成に貢献する、国際機関との共創活動 | NEC
本件に関するお問い合わせ | NEC

*1 出典:AFPBB News
インド人口、中国上回り世界一に 国連推計

*2 出典:三井物産戦略研究室
インド農業は「産業化」するのか

*3 出典:日本貿易振興機構(ジェトロ) チェンナイ事務所
インド農業資機材市場調査

*4 出典:農林水産省
68 経営規模・生産コスト等の内外比較

*5 出典:JICA - 国際協力機構
10億人に革命を起こす。インド-アグリテックの挑戦