【10月10日 東方新報】「教育こそが貧困の連鎖を断ち切るものであり、教育のデジタル化は都市と農村の教育格差を縮小するのに役立つはずだ」。中国・貴州省(Guizhou)の高校の副校長の訴えが、中国メディアに大きく掲載された。

 発言の場は、新学期スタート(9月)に合わせて北京市で開催された教育関連のセミナーでのこと。教育分野のデジタル化、特に人工知能(AI)の活用は中国でも賛否両論ある。セミナーに参加した教育やデジタル分野の専門家たちの前で、デジタル先進地とは言えない地方の副校長が訴えた内容を、メディアが大きく取り上げたのには理由がある。

 この副校長は、貴州省望謨県実験高校の劉秀祥(Liu Xiuxiang)さん。父親は劉さんが4歳の時に病気で亡くなり、母親も悲しみのあまり重い精神障害を抱えてしまった。まだ子どもだった劉さんは家事全般のほか、廃品拾いをして家計を支えた。生活は困窮を極めたが、勉強を諦めず、山東臨沂師範学院に合格。入学手続きの際には、目を離せない母親を連れて大学を訪れた。この様子が「母親を背負って大学へ」という記事になり、中国一の孝行息子と称賛された。

 劉さんは大学を卒業後、一般企業に就職して母親の世話を続けていたが、自分が学費を支援していた子どもが家庭の事情から学業を諦めたことを知り、故郷の山村に戻って教師になることにした。その当時、劉さんは「私自身が学問によって山から出た。私が戻ってきたのは子どもと保護者に、学問によって運命を変えられると伝えたいからです」と語っている。

 今回のセミナーでも、劉さんは「教育のデジタル化を通じて、山奥の子どもたちが都会の子どもたちと同じ質の教育を享受し、より多くの選択肢とより良い未来を手に入れられるようになることを願っています」と訴えた。しかし、中国でも教育現場では、急速なデジタル化には戸惑いがある。SNS(ネット交流サービス)などを通じた個人情報の流出やいじめなどがニュースになると、その都度、リアルな人的交流による教育の役割が強調される。

 劉さんの訴えを聞きながら、張芸謀(チャン・イーモウ、Zhang Yimou)監督の代表作として知られる映画『一個不能少(邦題:あの子を探して)』を思い出した。舞台は山間部の小学校。唯一の教師であるガオ先生が母親の看病のため1か月間、小学校を離れることになった。放っておけば、多くの生徒が家庭の事情で学校をやめてしまう。村長がガオ先生の代理として隣村から連れてきたのは、13歳の少女、ウェイ・ミンジ。面接したガオ先生は不安になるが、子どもたちに黒板を書き写させるだけならできるだろうと代理を任せる。報酬は50元(現在のレートで約1019円)。1人も脱落させなければさらに10元(約203円)を加算すると約束した。

 心配通り教室は大混乱に。ある日、1人が突然学校に来なくなった。病気になった親の代わりに、町に出稼ぎに行ったという。脱落者を出すと報酬が減ってしまうと考えたミンジは、連れ戻すために子どもたちを連れて町に向かう……。映画が公開された1999年当時の中国では、農村がまだ貧しく、小中学生でも家の仕事を手伝い、場合によっては近くの町に出稼ぎに行くこともあったという。今でも山村の学校に通学するのは大変だ。危険な道を1時間以上かけて通学し、通えずに寄宿舎に住む小学生も多い。映画公開から20年以上が過ぎたが、山村の教育格差が解消されたとは言いがたい状況だ。

 劉さんの参加したセミナーでは、中国教育部が2022年から始めた小中高校の授業動画公開などデジタル化の試みも紹介された。誰でもネット環境さえあれば、清華大学(Tsinghua University)付属高校など中国の一流校教師による分かりやすい授業が無料で見られる仕組みだ。家庭の事情で義務教育を受けられない子どもが1人もいなくなるように。劉さんの訴えは少しずつ共感を広げているようだ。(c)東方新報/AFPBB News