【6月3日 AFP】深刻な経済危機が続いているレバノンでは、治安部隊の隊員が副業に走らざるを得ない状況となっており、治安の確保に懸念が生じている。

 2019年後半に経済の低迷が始まって以来、兵士の給与は米ドル換算で約8分の1にまで目減りした。

 兵士のサメルさん(28、仮名)は週3日、北部の港湾都市トリポリ(Tripoli)にある自動車整備工場でおじと一緒に働き、生活費の穴埋めをしている。「周りの兵士たちもほぼ全員、副業をしている」と言う。

 通常ならば、兵役中の副業は禁錮刑に処される可能性がある。しかし、今は「軍は見て見ぬふりをしている。そうさせないとみんな辞めてしまうから」とサメルさんは話す。

 レバノンでは、国民の80%以上が貧困に陥っている。平均800ドル(約11万円)程度だった兵士の月給は通貨レバノン・ポンドの暴落で、今や実質100ドル(約1万4000円)程度だ。

 サメルさんはガレージで軍の給与の2倍ほどを稼いでいるが、幼い息子のおむつ代やミルク代がかさむため「月末になると無一文だ」とAFPに語った。

 公式情報によると、軍には約8万人が、国家警察軍(ISF)には約2万5000人が所属している。AFPは兵士の副業問題について軍に取材を申し込んだが、返答はなかった。

 アフマドさん(29)は10年所属した軍を辞め、昨年から給仕係としてフルタイムで働くことを選んだ。同じ兵舎の仲間も除隊したという。脱走兵として逮捕されるのが心配だが「少なくとも以前の7倍は稼いでいるし、十分食べることもできる」と語った。

 経済危機後、軍は兵士の食事から肉を減らした。さらに2021年には、財源を増やすため、ヘリコプターによる観光客向けの遊覧飛行を始めた。

■治安面での不安

 英リスクコンサルタント会社「コントロール・リスクス(Control Risks)」のディナ・アラクジ(Dina Arakji)氏は、治安部隊の士気は「経済危機によって低下している」と指摘する。また兵士の副業を暗に許可していることで「国内の安全保障ニーズに対し、効果的に対応する能力」が危うくなっていると述べた。

 ISF隊員の経済的苦境はさらに過酷だという。

 3月に治安部隊の年金受給額引き上げを要求する抗議行動に参加した警官のエリーさん(37)は「私たちの状況は哀れでしかない」と語った。月給はわずか50ドル(約6800円)程度で、農業に従事する父親と一緒に働き、3児を含む家族を養っている。

 匿名で取材に応じた治安当局者は「他に解決策がないため、ISFは副業に目をつぶっている」と語った。ISFでは保健衛生関連の予算も崩壊しているという。

 陸軍には独自の病院があるが、ISFにはそうした施設はない。エリーさんは「最悪なのは職務中にけがをした場合、自腹で病院代を払わなければならないことだ」と語った。(c)AFP/Jonathan Sawaya