【5月7日 AFP】デンマーク・オーデンセ(Odense)の南デンマーク大学(University of Southern Denmark)の地下には、世界最大とされる人間の脳の標本コレクションが存在する。

 1945~82年に、精神疾患だった人の遺体から検視後に除去・採取された脳の標本9479点が収められている。ホルマリン漬けにされた脳が入った大きな白いバケツには番号が振られている。

 このコレクションは、著名デンマーク人精神科医エリック・ストレームグレン(Erik Stromgren)氏が生涯をかけたものだ。

 コペンハーゲン大学(University of Copenhagen)で精神医学史を研究するイェスパー・バクシークラー(Jesper Vaczy Kragh)氏はAFPに対し、脳の収集は「一種の実験的研究」だったと説明した。

 ストレームグレン氏ら研究チームは「これらの脳から、精神疾患の原因が存在する場所を限局したり、何らかの答えを見つけ出せたりするかもしれない」と考えていたという。

 デンマーク各地の精神科施設で、患者が死亡すると検視が行われ、脳が採取された。患者本人やその遺族の同意は不要だった。

 クラー氏によると、こうした施設は国立で、内部で何が行われているのか聞いてくる外部の人間はいなかった。

 当時、患者の人権は重視されていなかった。

 デンマークでは1929~67年、精神科施設の入所者には不妊手術を施すよう法律で定められていた。また、89年までは、結婚するのに特別な許可が求められた。

 デンマークは、「精神病」と呼ばれた人々を「社会のお荷物」と見なし、「子どもを作ったり、自由にすることを許せば、あらゆる問題を引き起こす」と考えていたとバクシークラー氏は語った。

 脳コレクションの責任者で病理学者のマルティン・ウィレンフェルト・ニールセン(Martin Wirenfeldt Nielsen)氏は、当時はデンマーク人全員が死亡時に検視解剖されていたと説明した。「当時の慣習で、病院で行われる手続きの一つにすぎなかった」と言う。

 検視の発達と患者の人権に対する意識の高まりを受け、脳の採取は1982年を最後に行われなくなった。

 その後、脳の標本をどうすべきかについて長く激しい議論が交わされた。最終的に国の倫理委員会は保管し、科学研究に役立てるべきとの判断を下した。

 長年オーフス(Aarhus)で保管されていたが、2018年にオーデンセに移された。

 標本にされた脳の持ち主の一部は精神疾患と同時に脳の病気を患っていたことから、認知症、統合失調症、双極性障害、うつなどさまざまな疾患の研究に使われてきた。

 ニールセン氏は「患者の多くは人生の半分、もしくは全人生を施設で過ごした。そのため、脳卒中や癲癇(てんかん)、脳腫瘍など他の脳の病気になることもあった」と語った。

 現在、四つの研究プロジェクトが標本を利用している。

 メンタルヘルス協会「SIND」の元会長、クヌード・ クリステンセン(Knud Kristensen)氏は「使われなければ何にもならない」「あるのだから、使わなければ」と述べ、研究のための助成が足りないと訴えた。(c)AFP/Camille BAS-WOHLERT