【3月19日 AFP】ウクライナ軍は1年前、首都キーウ制圧を目指し進軍するロシアを阻むため、キーウの北約35キロに位置するデミディウ(Demydiv)村の近くにあるダムを破壊した。村は水浸しになった。イワン・ククルザさん(69)の自宅の地下室は今でも水が引かず、忍耐も限界に近付いている。

「水位を半分に下げてほしい。それでも戦車はここを通れないだろう」とククルザさんはAFPに話した。

 ウクライナ当局は、ロシアが再び同盟国であるベラルーシから侵攻してくることを恐れ、対応してこなかった。

 住民は自分で排水ポンプを調達したが、あまり効果はない。ククルザさんが自宅用に買ったポンプも冬の寒さで壊れてしまった。

 政府からは2万フリブナ(約7万3000円)を賠償金としてもらったが、ククルザさんの地下室が今も氷のように冷たい大量の水に漬かっているという現実は何も変わっていない。

 びしょ濡れの沼のような場所での生活は大変だが、それでも引っ越すつもりはないと話す。

■住民の苦労

 デミディウのウォロディミル・ポドクルガニー村長によると、政府は洪水で自宅が被害を受けたデミディウと周辺地域の住民数十人に移住案を提示したが、受け入れた人はこれまでに一人もいない。

 村長は、当初の目標はキーウを防衛することだったと語った。そのため軍はキーウ近郊の貯水ダムの止水壁を爆破、数百万リットルの水がイルピン(Irpin)川に流れ込み、氾濫した。

 川周辺は沼のようになり、キーウを目指すロシア軍の進みは遅れ、ウクライナ軍は態勢を立て直し、反撃に出ることができた。

 戦略的には成功した。しかし、住民には影響があった。「200世帯が浸水した。住民がこの作戦で苦しんだことは明らかだ」と村長は言う。「私が受け取った、何とかしてほしいという嘆願書の山を見せることもできる」

 だが、このままの状態を望む人もいる。

 環境保護活動家らは、川の流れをこのままにすれば、旧ソ連時代に干拓されるまで広大な湿地だったこの地域の生態系の回復に有益だと指摘している。

■「また楽園に」

 ワレンチナ・オシポワさん(77)も自宅の庭の生態系が劇的に変わったことに気付いていた。

 ベリーやカリフラワーを育てていた畑は今はない。代わりに、昨夏にはビーバーたちがすみついた。庭で日なたぼっこをするビーバーと「友達になった」という。

 デミディウの静かな田園風景に今では排水ポンプの動く音が響いている。だが、オシポワさんは希望を捨てていない。

「水が全部排出されて土地が元の状態に戻れば、ここはまた楽園になる」 (c)AFP/Thibault MARCHAND