【1月3日 AFP】サッカー元ブラジル代表のレジェンド、ペレ(Pele)氏の通夜が2日、同氏の古巣クラブの本拠地で営まれている。

「王様」ペレ氏の遺体が納められたひつぎがピッチ中央に安置された、カンピオナート・ブラジレイロ(ブラジル全国選手権)1部サントスFC(Santos FC)のビラ・べウミロ(Vila Belmiro)には、数千人のファンやサッカー関係者ら弔問者が訪れた。

 大統領府は、ルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ(Luiz Inacio Lula da Silva)大統領が3日に、24時間にわたって行われている通夜へ弔問に訪れると発表。国際サッカー連盟(FIFA)のジャンニ・インファンティーノ(Gianni Infantino)会長もスタジアムに足を運んだ。

 ひつぎは息子のエジーニョ(Edson "Edinho" Cholbi do Nascimento)氏ら黒装束の人たちによってスタジアムに運び込まれた。

 2016年に結婚した、3人目の妻であるマルシア・アオキ(Marcia Cibele Aoki)さんは、開かれたひつぎの前でペレ氏の顔に触れて涙を流し、その中にロザリオを置いた。

 ひつぎにはサントスの旗とブラジル国旗がかけられ、その周りにはスペイン1部リーグのレアル・マドリード(Real Madrid)やブラジル代表のネイマール(Neymar da Silva Santos Junior)から送られた白い花が手向けられていた。

 通夜に続いて、3日にはサントス(Santos)市内で葬列が行われる。葬列の終着点は市内の墓地となっており、同地でカトリック式の葬儀が執り行われた後、ペレ氏のひつぎは特別な霊廟(れいびょう)に埋葬される予定となっている。

 史上最高のサッカー選手として広く称されるペレ氏はがんとの闘病の末に、昨年12月29日に82歳で死去した。

 ペレ氏は15歳の時にサントスでプロデビューを飾り、そのまばゆいばかりのテクニックで世界を魅了。1958年W杯スウェーデン大会(1958 World Cup)、1962年W杯チリ大会(1962 World Cup)、1970年W杯メキシコ大会(1970 World Cup)と史上唯一のW杯3大会制覇を果たした。(c)AFP