【11月6日 AFP】タイの国技として知られる、歴史ある格闘技「ムエタイ」。2021年に国際ムエタイ協会連盟(IFMA)が国際オリンピック委員会(IOC)に正式承認され、五輪種目への採用に期待が高まっていた。しかし、今年起きた死亡事故で安全性への懸念が浮き彫りとなっている。

 タイ式キックボクシングとも称されるムエタイでは、肘打ちや膝蹴りなど、他のキックボクシングで禁止されている攻撃が認められている上、競技者は防具をほとんど着用しない。

 五輪に採用されるかは、より安全で包括的な競技にできるかどうかにかかっている。

 約150か国・地域が加盟するIFMAのステファン・フォックス(Stephan Fox)事務局長はムエタイについて、対戦相手が「同じ体重、同じ技術」の選手になるよう公平なマッチメークを行う規則が確立しており「非常に安全なスポーツ」だとし「結局のところ、どんなスポーツでも事故は起こる」と主張する。

 一方、民間団体が主催するIFMAの監督下にないタイの地方での試合については、取り締まりが難しいことも認める。

 中部パトムタニ(Pathum Thani)で7月に行われた試合で、東南アジア競技大会の銀メダリスト、パーンペット・パドゥンチャイ(Panphet Phadungchai)選手(25)が肘打ちを受けて昏睡(こんすい)状態に陥り、1週間後に死亡した。

■タイの誇り

 膝、拳、蹴り、肘を駆使するムエタイは「八つの手足の芸術」と呼ばれる。タイの事実上の国技で、大きな誇りの源となっている。

 タイ当局は死亡事故発生以降、何世紀もの伝統あるムエタイのルールと検査を増やそうと努めている。

 より包括的なスポーツにする試みも、その一つだ。首都バンコクにあるムエタイの「聖地」で、1956年の開業以来軍が所有するルンピニー・スタジアム(Lumpinee Boxing Stadium)では昨年、女性格闘家の対戦が初開催された。

 試合中に選手が負傷した場合に治療を行うことも、優先されるようになってきた。先日ルンピニー・スタジアムで行われた試合では、軍医が看護師5人と共にリング脇に控え、外には救急車が待機した。

「ムエタイは暴力的なスポーツだ。頭部外傷や脳震とう、内出血などが起き、すぐに治療しないと、命にかかわることもある」と軍医はAFPに語った。

 この試合で第1ラウンドで昏倒(こんとう)し、顔面から出血して車いすで運ばれたアルゼンチン人選手は、5針縫う治療を受けた後、こう話した。「顔を殴られた時、母親が見えた。やばかった」

 ただ、試合中や直後の治療は提供されても、試合後のケアや、頭部を負傷した場合の安静期間の確保などは、徹底されていない。格闘家や興行主がより多くの収入を得られるよう、試合の間隔は短くなりがちだ。