【7月6日 AFP】ウクライナ北東部ハルキウ(Kharkiv)州に住むマリア・ホンチャロワ(Maria Goncharova)さん(93)は、ロシアが侵攻した日、1930年代に起こった大飢饉(ききん)の時のように再び飢えに直面するのではないかと恐怖を感じた。

 ウクライナでは1932~33年、旧ソ連の独裁者ヨシフ・スターリン(Joseph Stalin)が推し進めた「集団農業化」により穀物などの食料が徴収され、数百万人が餓死する「ホロドモール(Holodomor、ウクライナ語で飢え死に)」が発生した。

 ホロドモールでトラウマを負ったホンチャロワさんは、今も食料不足に備えてあらゆる物を貯蔵している。

「毎日、イモ1個とわずかな小麦を料理して生き延びた」とホンチャロワさん。今はチェレムシナ(Cheremushna)村の水色の小さな家の小さな庭で、ニワトリを3羽飼っている。

 ロシア軍は今回の侵攻で、すでに大量の穀物を盗んでいったと話す。「彼らはあらゆる物を盗むことができる人間だ」と言うと、ため息をつきながら十字を切った。

 ウクライナ政府は、ホロドモールは農民を抹殺するためのスターリン政権によるジェノサイド(集団殺害)だったとしている。

 ホロドモール研究教育センターのトップで歴史研究家のリュドミラ・グリネビッチ(Lyudmyla Grynevych)氏は「ソ連は当局に抵抗する人を大量に殺害し、目的を達成するために食料を利用した」と指摘した。

 ホロドモールは長年、ウクライナとロシアの関係において主な障害となってきた。

 ロシアは、ウクライナ側の主張を否定し、中央アジアとロシアを見舞った飢饉が背景にあったとしている。